変化する空の色を何の意味もなく見つめて、心が締め付けられたことはないだろうか。

自分が踏みしめている土が硬かったり柔らかかったりすること、足に触れる川の水の流れがくすぐったいこと、私を見つめる子どもたちの瞳をたまらなく愛おしいと感じたことはないだろうか。

 

その瞬間に何を想うのか――それはきっと、その瞬間に私が何を考えていて、誰と一緒に居て、どんな会話をしているかという情景に依るのだが、振り返るとき、それらの出来事の全体像はぼんやりと色あせて、記憶の中に映像の断片が散らばっている。ただ、その感動を抱いた「瞬間」が鮮明に絵のように脳裏に焼き付いているのだ。



 

小さいころから、ぼんやり黄昏るのが好きで、無意味に何かを見つめる癖があった。

 

小学校の休憩時間にみんな運動場に飛び出してゆく中、私は教室の窓から友達が散り散りに走る様子や、ドッチボールで端に群れる女子たちや、縄跳びで三重飛びをしてのける運動神経抜群の男の子たちを観察していた。廊下側の窓から見えるコンクリートの殺風景な建物の壁や、曇り空を飛んでゆく燕を捉えた記憶、靴箱の上に置かれた水槽で死んだメダカが腐っているのを目の当たりにして数秒それを見つめた記憶――すべては断片的で、脈絡のないシーンなのだが――何年も経った今でも、その瞬間をしっかりと記憶している。



 

社会学者の岸正彦氏『断片的な社会学』を読んで、自分の感性や観点が「他人と少し違う」という自覚は一蹴された。彼の見る世界は、私が見ている世界と似ていると思ったと同時に、私の知らないもっと深く冷たいところも知っているのだな、と感じ取った。そしてまた、一人一人の感性や観点も、それぞれ「違う」ものがあるということを発見した。

 

他人の生活史を知るというのは、海に潜ることと似ている――息を止めて、深く冷たい真っ暗な海に向かっていく感覚

と岸氏は語る。優しい比喩と、温かい言葉。まるで賑やかな古い居酒屋の向かいの席で酒を嗜みながら私にさりげなくつぶやいているような感覚を抱く。だれかの心にお邪魔して、ぐるりと旅してきて、懐かしく思い出して笑う、そんな感じである。会ったことはないのだけれど(ぜひお会いしたいのです)。

 

ああ、確か大学時代に、先輩の生活史を聞いたとき、そんな感覚だったかもしれない、などと黙って考えながら、彼の言葉に耳を傾けた。目を閉じて、大阪の街を思い出してみる。ストリートで歌う若者とか、どうしようもなく汚い高架下とか、滅茶苦茶な自転車置き場とか、やたらと時間厳守な電車とかを思い出す。そして無数の人たちがそれぞれの方向に全速力で歩いていることを思い出す。

 



最近、人間は孤独だ――ということを、真っ向から感じ取ることが出来るようになったように思う。

 

日本で暮らしているときは、自分が孤独であることに苦しめられているということさえも気づかず、ただ漠然と寂しさを感じたり、無気力になったりしていたのだが、カメルーンで暮らしていて、「漠然とした寂しさや不安」をかつてほど抱かなくなった。

 

居場所ができて、周りの人々に恵まれ、良い環境に居させてもらっているからというのも一つの理由なのかもしれないが、多分、私の友人やカメルーンの家族たちがとても正直にぶつかって来てくれるからなのだと思う。

 

「おなかがすいた」

「お金がない」

「仕事がしんどい」

「あの料理は好きだがこれはそんなに好きじゃない」

「旅行帰りなのに土産はないのか」

 

という言葉を、毎日毎日当たり前のように言われる。仲のいいお隣さんや警備員さん以外にも、近所の売店の兄さんや、バイク・タクシーのおじさんや、地元の子どもたちや、バスで隣に座ったおばさんまで――まるで前からずっと知り合いだったかのように話しかけられるのである。時に厚かましいし、うるさいなあと思うこともあるのだが、直接的で、明確で、裏表がないそんな言葉だからこそ、私もシンプルに応えることができる。

 

「知らんよ、そんなこと」

「私も金がない」

「もうお腹いっぱいだからいらない」

 

――そんな冷たい対応にも彼らは「ああそうなのか、オーケー。」と案外簡単に納得してしまうから面白い。

 

日本で本音が言えないというわけではないのだが、建前をもって話をするという文化がどうしても存在している限り、鈍感な私には一体何が本音なのか分からないときがある。気を遣いすぎて、空気を読みすぎて疲れてしまって、愛する人たちにさえも見栄を張って、弱みを見せることを忘れる――そういう時、自分の心がぽつんと置き去りにされた気がして、不安になるのだと思う。

 

そういう時は酒を飲んで、少し酔って、誰かと一対一で話すことで、かじかんで乾いた大阪の冬の風に重ねて襲ってくる孤独感を振り払うことが出来た。そうでもしなければ辛くて辛くて、どうしようもなかった。

 

大阪は特に人口密度が高いし、満員電車で知らない人と嫌でも触れ合わなければならないくらい人と人との距離は近い。24時間世界と繋がっているSNSを開けば、かつてのクラスメイトやどこかで知人となった人たちが無数の言葉で彼らの生活を綴っていて、今や大統領や有名人にさえもダイレクト・メールを送信できてしまうくらい人と繋がることは簡単である――けれど、なぜかずっと寂しい。

 

相手のことをほとんど知らないにもかかわらず――「知人たち」と、ネット上なり公共の空間なりで出逢ってしまう不思議。利便性向上の点では素晴らしいことである。連絡を絶っていた古い友人と連絡を取ることが出来るのもSNSの恩恵である。

 

けれどそこに繋がりを求めようとすれば、孤独を助長するだけで心の寂しさは満たされることはない。

文字は記号で、写真は幻で、言葉は冷たくならんだ情報だ。無数の人々の人生の断片を切り取って貼り付けた場所だ。

 

見るのは面白いし、「いいね」ボタンを押したりするけれど、そこに私を温めてくれるものはない。SNSを閉じる時――自分の心に帰ってくるとき、ぽつんと一人になる。ああ、私は独りなのだ。

 



 

今は、携帯電話にSIMカードを入れて、現地の電話番号を使っている。

 

カメルーンの人は電話が好きだ。意味もなくかけてきて、「ただボンジュールと言いたかったんだ、元気?」と言って、気が済むとすぐに切る。話題はない。元気?には「元気」と返しても「死にそう」と返しても大体おんなじ返答(「ああ、OK」)で終わる。

 

買い物に行けば二、三人の知人に会って、しばらく立ち話をする。

行きつけの市場で人参を数本まけてもらったり、「今日はじゃがいもいらんのー?」と声をかけられる。

 

職場に行けば、「なんでいつも笑ってんの、まあこっちも嬉しなるからいいけど」と急に言ってくるおじさんや、「カメルーンの彼氏見っけたんかーおい」としつこく聞いてくるおじさん(セクハラ)や、「今日なんでイヤリング付けてないん」「今日はなんで化粧してるん」とこまめに私のファッションをチェックしてくるお姉さんやらがいる。

 

別れる時には、À demain(また明日) on est ensemble(私たちはいつも一緒だよ).が大体決まり文句である。確かに、いつも一緒なのだ。不思議な安心感に包まれて帰宅すると、隣人や警備員がおかえりといってくれる。夜も寂しくならないのは、やはりみんなのお陰であろう。

 

挨拶に握手やキスをすること、想ったことを容赦なくぶつける時はぶつけること、時間に追われず、仕事に追われず(仕事をしなさすぎる点も少し問題だが)、規範にとらわれず、人生に文句を言いつつも満足げなその大らかな態度――

 

そういうとこが、多分好きなんだろう。