仕事が好きな人間に、カメルーンに来てたくさん出逢ってきた。
書類作成や細々としたプランの企画やイベントの運営、協力相手への交渉や定期的な会議の開催――「仕事」に対して熱を持って抜かりなくやり切る姿を見ていると、自分もうかうかしてられないな、という気持ちにさせられる。
そんな仕事好きの一人に、私の仕事仲間であり、良き友がいる。
ジブリラ・ユスファ――彼は、環境系NGO団体PIVJETの創立者であり、責任者である。
小学校の教師でありながら、環境問題に強く関心があり、自ら立ち上げたNGO団体として頻繁にムバルマヨ市内で啓発プロジェクトを立ち上げたり、都市で行われる環境セミナーに参加したりしている。
私が彼と出会ったのは、前任が一年前に首都の動物園で行った「原爆展」の時だ。去年の8月6日――セミナー室を借りて、複数の会社や団体を巻き込んで行った大きなセミナーだった。フランス語があまり理解できなかった当時、あまりにも早口な人々の会話についていけずに落ち込んでいたのだが、ゆっくり言葉を選んで話すジブリラのフランス語が理解できてうれしかったのを覚えている。

PIVJETは専ら環境問題に関する問題を取り扱う団体で、これまで学校における手洗い指導、浄水場見学、国立森林学校における森林訪問、刑務所でのゴミの価値化運動――などを私(JICA)と一緒に行ってきた。
まだメンバーは6人と非常に小さな団体でありながら、ムバルマヨではかなり活発にプロジェクトを行っている。「少しでも、環境問題に目を向けるひとが増えてほしいんだ」と熱く語るジブリラの熱意に打たれて、私はこれまで一緒に活動を続けてきた。
プロジェクトをするとなったら、まず紙に大まかな内容を書きだす。「テーマ」「日程」「場所」「目的」「結果」「参加者」「協力者」「必要な資材」――こうでもない、ああでもないと最近は私も議論に参加できるようになった。たまに喧嘩のように言い合うこともあるけれど、それだけ仕事熱心になれるのは嬉しいことだ。
彼は「やろう」と言ったことは決して曲げないしあきらめない。そして私のようにせっかちでないので、何カ月、下手すれば何年間ものスパンで戦略を練り、プロジェクトをテキスト化し、納得のゆく計画表を完成させるのにかなりの時間を費やす。
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現在行っているのは、今年10月の「世界手洗いの日」に伴ってスタートしたCLEAN HANDS CAMPAIGNS IN SCHOOLSである。彼にとっては「小さいプロジェクト」らしいのだが、私のカメルーン滞在が二年目に入ってから活動の大部分を占めているのがこのプロジェクトである。
一つ目はSOS小学校というスイス(だったはず)の支援で建てられた小学校での開催――生徒400人以上が、校庭にいすを並べ、私たちは四方に向かってメガホンで話しながら手洗い指導を行った。
二つ目はムバルマヨの中央市場での開催――野菜や果物の売り子、服の仕立て屋、肉屋、そして市場にたまたま立ち会った人々とともにゲリラ・手洗いを行った。
三つ目は孤児院の子どもたちに向けた開催――ヤウンデのNGO《Water For Life》と共にコラボをして手洗いのデモンストレーション・手洗いの歌を行った。
一つ開催を終える度に、それぞれのイベントの責任者がA4約三枚分のレポートを書く。写真を添付し、良かった点・反省点をフランス語で綴るという作業なのだが、私には非常にハードな仕事だった――というのも、語彙がまだまだ足りず、論理的な文章を書く際に必要な言い回しの引き出しが無いからである。
何度も書き直した末、ジブリラに私の言わんとすることを解釈してもらい、(結局)彼の言葉で書き直してもらうというのを1カ月くらい行ってやっとSOS小学校のレポートが完成した。

そして昨日、ジブリラの職場でもあるバイリンガル・スクール、Trinity小学校で二カ月ぶりにイベントを開催した。
これまで何十回と行ってきた手洗いのデモンストレーションやプロジェクトの流れを応用し、その学校の規模や生徒たちの年齢層や理解度に合わせて柔軟に対応する――ということを阿吽の呼吸でできたのは、これまで何度も一緒に働いてきたからなのだろうか。
「あ、今意見がすれ違った」という瞬間にさっと妥協案なり解決策を差し出すという行動をとることが出来たのは、今回が初めてであるような気がした。

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ジブリラは一つのことを始めると集中しすぎて周りが見えないところがある――
と、一緒にヤウンデで仕事をした帰りに私が言うと、「そうなのか?」と笑った。
情熱的で、常にアイデアが溢れでてくる彼は、話し出すと止まらない。私は次々飛んでくるアイデアを受け止め、理解し、イメージし、意見するために必要な語彙を探すという作業を脳内で行う。お陰でフランス語のトレーニングになるのだが、会議が終わって家へ帰る頃にはもうへとへとになっている。
カメルーンを何とかしなければならないんだ。
環境改善について考えられる人を一人でも増やしていかなければならないんだ。
と、いつもいつも唱えて、その堅実なボランティア精神をさらに燃え上がらせる。

「ジブリラは、賢い青年だね」
と、かつて一緒に働いた同僚が言った。それを聞いて、勝手に彼は環境系のことを大学で勉強したんだろうと思い込んでいた。しかし事実は全く違った。いつか事務所で話をしているときに彼のそんな身の上話を聞く機会があったときのことである――
「俺は、家族の経済的な理由で、高校を中退してそれからは自力で教員免許を取るための学校に入ったんだ。環境のことは、自分で勉強しただけだよ。」
そう言って笑った――白い歯、痩せた頬、ギラギラした眼、書類を書き続ける右手。ああ、この人は凄い努力家なんだなあと思った。そして勉強が大好きなんだーー私は話を聞きながらただただ驚いて、間抜けな顔をしていたに違いない。
大学で環境について専攻しているカメルーン人とも何人か出会ったし、市の環境委員会の人々とも挨拶をしたりしたけれど、ジブリラは全くひるむことなく突然のディスカッションにも発言するし、質問するし、(私の理解が追い付いていればだが)対等に専門的な森林問題の話について興味深そうに話をしていた。
「大学院を出ていないから」「金がないから」「時間がないから」などと言い訳をして、自分の夢をあきらめるのはやめよう、と前向きになれたのは、彼のその強い意志と真っすぐな想いに触れたからなのかもしれない。
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そんなジブリラは、カメルーンの北部アダマワ州というところで生まれた敬虔なムスリムである。
数か月前のイスラームの伝統行事タバスキでは、彼の家(を含めたコミュニティ)で羊の肉をいただきながら中等由来の甘いティーをご馳走になった。細かい刺繍が施されたドレスを着た細身の少女たちや、細い鼻やはっきりとした顔立ちが南部のカメルーン人とは少し違っていて、皆アラブの服がよく似合っていた。
ある日、プロジェクトの打ち合わせが終わってから大雨によって足止めを食らった時、同僚たちと古い教室で雨宿りをした。激しい雨音が響き、電気もない闇の中で肩を寄せ合っていた時、ジブリラが私たちから少し離れて、携帯のライトをつけて静かに闇の中お祈りをしていることもあった。
彼はその数分間、神様に向かって手を合わせ、膝をつき、私たちと違う世界にいた。その姿は、美しいものだった。
