2016.8.6 ヒロシマから 71 年目の今日、ヤウンデのとある動物園で原爆展を開催した。

 

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雨が降り続けた一日だった。クジャクが濡れた芝生の上を歩いていて、鉄線の張られただけの広場にたくさんのサルがいて、ライオンが薄い鉄格子の向こうで眠っている。自由な動物園だと思った。

 

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10 万フランで会議室を借りた――エアコン付きで、シックなカーペットが敷かれ、カメルーン大統領ポルビア氏の写真が立て掛けられている本格的な会場だった。その周りの廊下に平和祈念館からいただいたフランス語の資料を並べた。そこに手書きのカメルーン・日本そして中央アフリカの国旗を掲げて、私たちは50人くらいの観客を前にそれぞれの物語と想いを語った。

 

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71 年前にヒロシマで命を奪われた人々のために。」――その言葉とともに会場のすべての人が立ち上がり、黙とうをささげた。

 

カメルーンのゴミ問題に真剣に向き合っている起業家や、国際協力という存在について真剣に想いを馳せて環境保護に取り組んでいる青年 、無秩序な世界から逃れてきた難民コメディアン 、文句ひとつ言わずに原爆展開催時には動物園の入場を無料にしてくれたスタッフ。そして私の前任であるつぐさん。

すべては不可思議なめぐりあわせだった。偶然的に、しかし必然的に、私たちは今日の8月 6 日をともに迎えた――「原爆」と「カメルーン」は一見するとあまりにも奇妙な組み合わせだが、真剣に3時間にわたるプレゼンを聴いてくれた学生や中等教育省、ジャーナリストの方々の姿を見て無関係ではないことを悟った。それは国際協力や環境問題と大きくつながるテーマであり、一つの世界に生きている私たちがみんなで考えなければならない問題だった。

「前任が作り上げてきた2年間を、うまく引き継ぐことがあなたの仕事だ。彼が積み上げたものを壊すようなことはしてはならない。」中等教育省のマダムが私に耳打ちをした。

 

彼女はつぐさんの活動を評価したが、JICA の「2年派遣体制」に大きな疑問と継続の不安を抱えていたのかもしれない。

――2年活動してそのあとさようなら。
その後どうするのだ? 

きっとこれから私が抱き続ける疑問なのだろう。

そしてこれはここ最近で感じたことだが、「カメルーン人」とひと枠でくくってしまうことは私にはとてもできないと実感をした。

タクシーに乗るために値段交渉し、席に座って挨拶を交わすとき、その運転手の温かさ或いは冷たさを知ったこと、幅寄せや追い越しを絶妙なタイミングで行うことでうまく道路事情が成り立っていること、スーパーの店員がフレンドリーに「どこから来たの?」と尋ねてくれたことや、強面の門番が挨拶をした瞬間にくしゃくしゃの笑顔をくれたこと、インド人の経営している電気屋でジュースをふるまってもらったこと―― 一人一人の個性が垣間見える瞬間に人と関わることへの喜びを感じる。

もうすぐ任地に派遣される。

派遣される前から色々チャレンジさせてもらえているのは前任のつぐさんのおかげであり、本当に毎日学ばせてもらっている。

いろんなことを考えながら、そしてカメルーン生活を楽しみながら二年間過ごしていけたら…そう思う!

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