日本で暮らしていた中で強く疑問に思っていたことがあった。

それは、哀しい瞳をしている人々が多いということだった。

満員電車に揺られているときに感じる虚無感、疲労感、憂鬱――そして周囲の人々の虚ろな、がらんどうの瞳。

なぜそこまでして日々に飲まれ、仮面を貼り付けたその顔で毎日を嫌々過ごさねばならないのだろう?哀しい、哀しいその瞳の向こうに、美しい朝日と靄の中に包まれた静かな街が佇んでいるというのに。


豊かさとはなんだろう?幸せとはなんだろう?

美しいものとは?貧しさとは?


ここへきてじっくり考えさせられる。


イスラエルへ留学したとき、「日本社会」という間近に迫った巨大な物体に対しての認識を持った。それまで日本の大学で中身のない毎日を過ごして、「これでもまあ幸せだ」と何も考えずに納得していたが、そこで出逢った同い年くらいの大学生が素晴らしく勤勉で、しっかりとした意見を持ち、思考を続けて頑張っているのを目の当たりにし、頭を思い切り殴られたような衝撃を受けたのである。


それからというもの、日本で働きたくない――そう思い始めた。同期の学生が就職活動を始めても、自分は手を付けられず、むさぼるように本を読み、映画を観続けていた。それは漠然とした重い現実に対するただの逃げでもあった。しかし、希望を持ち続けたかったのだ。私のしたいことを、私がすべきと思うことを仕事にできるのではないかと。


そんな私は今アフリカにいる。「日本社会」から逃げ続けて。「ふつうの大卒」を避け続けて。時に甘えだと言われ、現実逃避と言われ、実際私もそう思っていた。臆病な私には逃げ続けるしかできないのだろうとも思っていた。親孝行をするために教師をしてお金を稼ごうと感じたこともあった。けれど今、とにかく今は――私はこの場所で、そんな「逃げ腰の自分」を誇りに思う。


アフリカは――カメルーン、というべきなのかもしれないが――「美しい」場所である。矛盾した存在の人間が住まうにふさわしい大地である。そこには日本にはない豊かさが確かに存在していた。

 「貧しい」国とは何なのか。発展途上国とは何なのか。

彼らは貧しくないと私は思う。

彼らの心は、彼らの瞳は、私が日本で見た哀しい瞳よりもずっと澄んでいて、生命に溢れていると感じる。

それは私の目にはそれが「豊かさ」に映ったし、彼らが「幸せ」そうに見えた。


したたかに生きている――と悪いようにも捉えられるかもしれないが、少なくとも私は今日を確かに生き貫く姿勢を尊敬したいと思う。


無力な私がここでできるのは、そこで出会った人と精一杯話をして、私の存在を少しでも記憶してもらい、Japonという遠く離れた見知らぬ国についてカメルーンの方々に認識してもらうことくらいである。


子どもたちのみずみずしい頬、家族の笑顔、赤子の元気な鳴き声、優しい鳥の歌い声、何かを興味深く見つめる黒い瞳、発せられる優しい言葉、緩やかに過ぎる時間、オレンジの木漏れ日がこぼれる夕暮れ――すべてはその照り付ける太陽の下、エネルギーに溢れた赤土の上に確かに存在する。人々も、動物も、虫も植物も空も土もなにもかも、日本のそれとは違う。それを「美しい」と言い表すことが畏れ多いほど、私は無知なのである。 

 

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写真: 停電は日常茶飯事。

お家にはランプが常備され、夜の停電時に暖かい光が灯される。