書評『地震の癖』について | PygmalionZのブログ

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人工地震兵器陰謀論者が時折プレートテクトニクスは成立しない説明の参考として持ち出す、埼玉大学名誉教授・角田教授(地質学)の著書、『地震の癖』を読んでみた。
その結果を以下にご報告する。



1.『地震の癖』における角田教授の主張


まず、角田教授の同書における主な主張を以下に示す。


(1)近年のマントルトモグラフィーというコンピューターシミュレーション手法を用いた地震波による地球内部構造解析技術の発達に伴い、南太平洋とアフリカ大陸の地下深くにスーパープルーム(周囲より高温なマントルの巨大な塊の上昇流)の存在が明らかとなった。地震はプレートテクトニクスによるプレートの弾性歪みの開放現象ではなく、このスーパープルームからの熱移送によりマグマが上昇し、上部の地塊を押し上げ、地塊の弱い部分が破壊されて発生する。
(2)上記(1)の証拠として地震および火山活動には「深部の地震→浅部の地震→火山の噴火→浅部地震の水平移動→火山噴火の水平移動」という関係性が存在し、これをVE(Volcano-Earthquake)過程と呼ぶ。この過程は地震の発生する場所で一般的に見られる。
(3)上記(1)を環太平洋地域西側で見ると、VE過程は以下の3つのルートに従い移動する。
 MJルート:アジア付パラオ、マリアナ諸島、小笠原諸島を通り日本に達するルート(フィリピン海プレートの東の縁に添いのルート)


 PJルート:フィリピン、台湾、琉球諸島、奄美諸島を通り日本に達するルート(フィリピン海プレートの西の縁に添いのルート)
 SCルート:インドネシアを通過し、中国黄河中流域付近に達するルート
(4)プレートテクトニクスにおいて地震はプレート境界付近で発生するとされるが、2008年5月12日に発生した四川地震は最も近いプレート境界から2000km以上も離れている。これはプレートテクトニクスと矛盾する。
(5)太平洋は熱い鍋の蓋で、鍋の蓋の縁から南太平洋のスーパープルームからの熱が噴きこぼれたて出来たのが大陸である。太平洋は7~10億年前のバイカル変動期に花崗岩質マグマが上昇して地殻が持ち上がり陸化し、その上に花崗岩質マグマが噴出して、その後冷えて沈降して花崗岩質の陸地が出来た。大洋底拡大や大陸移動などはあり得ない。
(6)伊豆諸島西方から西日本南方にかけて発生する深発地震は通常570km/年であるVE過程の移動速度からすると広範囲を数日で移動するので奇妙である。これだけ速い熱移送を行う手段は電子レンジで使用されるマイクロ波しか無い。地球内部の液体のコアからマイクロ波で熱移送が行われている可能性がある。




2.主張の問題点



角田教授の主張に対して問題点を以下に示す。


(1)マントルトモグラフィーというコンピューターシミュレーション手法の発達の出現により、マントル内部の温度分布の不均一性が明らかとなり、このことがプルームテクトニクスと呼ばれる新たな地球内部構造の理論を生み出した。マントルトモグラフィーによると南太平洋のタヒチ付近とアフリカ大陸の下のマントル内にスーパーホットプルームと呼ばれる周囲よりも高い温度の巨大なマントル領域が存在する。また同時に海洋プレートがマントルへと沈み込む日本の西側とフィリピン海プレートの地下深くでは、逆にコールドプルームと呼ばれる周囲より温度の低いマントルの領域が確認されている。


角田教授は同書内で、熱移送理論に都合の悪いコールドプルームについては一切触れていない。おそらく意図的に伏せていると考えられる。
マントルトモグラフィーによると日本付近のマントル上層部は高温であるが、下部は平均的な温度であり、アジア大陸東部のマントル下層にはコールドププルームが存在する。
このことは熱移送理論では説明できないがプレートテクトニクスでは冷えた海洋プレートがマントル内に沈み込む事によりマントルが冷やされているという事で説明可能である。


(2)、(3)について角田教授は『地震の癖』第四章 西日本の「地震の癖」でVE過程における高温化線の移動に伴う地震としてポリネシア・バヌアツ(1950年12月2日M8.1)→インドネシア(1969年1月30日M7.9)→台湾(1978,1986年11月14日M7.8)→琉球列島(1986年12月12日M5.1,1987年2月13日M4.7)→九州・日向灘(1987年3月18日M6.6)の地震を取り上げて説明をしている。この調査資料はUtsu-WEQ(URL http://iisee.kenken.go.jp/utsu/)のホームページと理科年表と記載されている。


データソースが公開されているので筆者自身も同ページと理科年表を引いてみた。その結果この期間同領域にVE過程の説明に不都合な多くの地震が発生している事を見いだした。以下はその例の一部である。


 1951年3月11日 フィリピン M7.8


 1951年10月22日 台湾 M7.2
 1958年3月11日 石垣島付近 M7.2
 1959年2月28日 奄美大島南西沖 M5.9
 1959年4月27日 台湾 M7.5
 1961年2月27日 九州・日向灘 M7.0


おそらく本人に確認すれば(実際にはしていないが)、「これらの地震はデータスクリーニング(統計上のノイズとなる情報を除外する処理)の結果除外した」などの反論があるものと思われるが、であればスクリーニングの目的と条件を示すべきである。そうでない限り都合の悪いデータをスクリーニングで削ってしまったという誹りから逃れられず、分析の信頼性を損ねる結果となる。


これらのことから角田教授は理論の都合の良いデータを選び出して理論を組み立てていると断じざるを得ない。



(4)角田教授の「2008年5月12日に発生した四川地震は最も近いプレート境界から2000km以上も離れている。これはプレートとは無関係に発生している。」という主張は事実誤認である。

まず2000kmとはインド・オセアニアプレートとアジアプレートが激しく衝突して世界最高峰のエベレスト山を擁するヒマラヤ山脈との距離を言っているのであるが、この四川地震の震源地はインド・オセアニアプレートとアジアプレートが激しく衝突した結果、その北側に形成されたチベット高原の東端に位置する。マントルトモグラフィーの深さ50kmの図でもこの付近の西方に高温部がみられることからも、このエリアに強いストレスがかかっている事が想定できる。



(5)太平洋の海洋地殻の形成については海嶺付近の古地磁気学的調査から、海嶺の中央にある中軸谷に平行な地磁気による縞模様がある事が分かっている。中軸谷では上昇したマグマが冷えて海洋プレートを形成する動作を繰り返して海洋底が拡大して行く。海洋底を形成するマグマには鉄・ニッケル等の磁性をもつ鉱物が含まれる。これらの磁性体が冷え固まる際にキューリーポイントと呼ばれる熱で磁性を失う温度を下回ると、その時点の地磁気の方向に合わせて磁化される。ここで地磁気が周期的にN極とS極が入れ替わる事によって磁化の方向性の縞模様として形成される。この地磁気の縞模様そのものが地磁気反転の証拠でもある。言わば地磁気の化石である。



プレートテクトニクスの重要な根拠である海洋底拡大説の証拠である地磁気の縞模様について角田教授は同書内で全く言及していない。この事により不利な証拠を伏せて理論を展開していると考えられる。



(6)地球内部の外核からマイクロ波で熱移送が行われるなどは、以下に角田教授が物理学的見識が低いかを物語っている良い例だ。



マイクロ波を花崗岩等の鉱物に当てると破壊が起きる事は実験でも確認されているが、鉱物がマイクロ波を遮蔽する事も物理的な事実である。地下3000km近い深さから地表下400km付近までどの様にマイクロ波が伝搬するというのか?



3.まとめ



『地震の癖』は地質学者である角田教授が、長年の関東地方における地質学的フィールドワークによる調査研究の印象から独自の発想に基づき書かれたものと考えられる。



同書の中で角田教授は、「私は、その事実を2002年に論文で発表しました。(中略)それまでの常識が崩れた瞬間でした」として、これを以ってプレートテクトニクス理論が崩れたと考えている。2002年の論文とは角田教授の論文『南部フォッサマグナ地域の足柄堆積盆における前期更新生のとう曲とその形成過程』を指すが、これを日本地質学会が認めたことをで、プレートテクトニクス理論が崩れたと考えている(前後の文脈から「常識=プレートテクトニクス」は明らか)。しかし、実際のところ地質学会のホームページでは今でも「20世紀後半に、人類は史上はじめてプレートテクトニクスという科学的包括的な地球観を得ました。以来、地球に関する科学をGeosciencesと一般には呼ぶようになりました。地球諸科学が融合して「地球を知る」作業が必要となったのです。このことはそもそものGeo-logy成立の精神です。今後、地質学は切迫する地球環境問題や大規模自然災害の解明などに答えながら益々発展する科学です。」としてプレートテクトニクスが地球科学に大きく貢献するものと位置けている。



同書について特筆すべき事は「2.主張の問題点」でも指摘した通り角田教授は同書で自らの熱移送理論に不都合な真実を隠して論理展開をしている事である。仮に故意ではないとしても、それはそれで地球科学の研究者としての見識が問われる事となる。


また、「なぜ角田教授は論文ではなく書籍として熱移送理論を展開したのか?」という疑問もある。それは恐らく論文であれば地質学会のみならず、地球内部構造の専門家である地震学会の専門家の指摘をも受けることになることを避けたかったのではないか考えられる。書籍は正式な論文ではないので理論の信憑性に拘らず考えを自由に述べる事が出来る。あくまで私見である。


以上のことからこの『地震の癖』に書かれた内容は関東近辺の狭い範囲のフィールドワークの経験に基づいて組み立てた理論を地質学会や地震学会の評価も受けずに書いたものであり、学術的信憑性は欠片も無い。『地震の癖』は地質学者が地震発生メカニズムを空想で描いたSF小説に近いものと言える。この様な書籍を根拠にプレートテクトニクス理論が崩壊したなどと言うことは全く以ってナンセンスである。


3.11人工地震兵器陰謀論者の方は科学的知見の不足と科学的調査分析能力の不足の二重苦により、この様なB級理論にハマるのだろう。

プレートテクトニクスには解決せねばならない問題点もあるが、地球の地下浅い部分で起きている様々な現象を説明でき、近年地球科学で話題のプルームテクトニクスとも整合性もある。ニュートンの万有引力の法則がアインシュタインの相対性理論の一部であったように、プレートテクトニクスやプルームテクトニクスも更に大きな枠組みの理論の一部を成すものであろう。浅部と深部の二つのテクトニクを融合した地球内部のダイナミックスの解明が待たれる。