pycomsose1988のブログ

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【プロローグ】

アホ!な男で、悪かったな!

アホ!な男だから、アホの仕事が出来るんじゃい!(笑)


・・いえね、ただの独り言です(汗)

心の中の本音かも(笑)


冗談はやめます。 m(._.)m

じつは、この本音の部分に、個々の守護霊が関係しています。


また私は長年、いろんな人のHPやブログを見て来ましたので、もしかしたら、本人も気付いていない特徴点を見付けているかも知れません。

その中で、HNとブログ名について書いてみます。




【特徴その1:HN(ハンドル・ネーム)】

[名は体を表す]の言葉通り、たとえHNであっても、心の奥底にある本音が出ている事も少なくありません。

私がネット上で使ったHNは、(せいやん、Sunshine、phoenix)の3つです。

[せいやん]は、伯母が持って来てくれた名前をモジッたものです。相談場での一般相談時のHNとして使っていました。

[Sunshine]は、少しばかり・・かなり(汗)、己を飛躍させる為に用いて、相談場では特殊(霊や難病)相談に使っていました。
自分を鼓舞する意味と、相談者を光に照らす意味がありました。

[phoenix]は、私が子供の頃から慕っていた手塚治虫さんの[火の鳥]から頂きました。この名は私の願望でもあります。


HNが匿名性を帯びていても、私が私である為には、多種のHNの乱用は避けました。

ですから今でも、(せいやん、Sunshine、phoenix)のHNを見た人は、『あの時の人か』と、お解かりになる人もおられるかと思います。



■以前、私は何度も何度もアラシに襲われたBBSから、呼ばれたり、呼び戻されたりしていました。

「お休みします」と宣言しても、1週間経つかどうかで呼び戻されたり(笑)


いじめ問題のBBSでも、私が母親の看病で訪問する暇もない間に、トンデモ事態に陥っていました。

殆ど収拾不能状態でしたが、それでも何とか収まりました。

その後、「そろそろ失礼します」と書いたのが、『phoenixさんは去られましたよ』と為ってまして(笑)、・・「もういいか」と。

そしたら、『私も、私も』と、去る人が相次いでしまいました。・・私が先導したのでは無いのですけどね(汗)

去られた方々とは、しばらくはオフでの交流がありました。



■私のHNに関しては、例外的に、こうしたアラシに襲われたBBSで特別なHNを用いたことがあります。

そのブログ管理人のためを思っての事でしたのですけどね。(その管理人さんを知っていたがゆえです)

私のHNでは、その管理人さんと対立構図になるような気がしたので、管理人さんだけに解かるHNで、お願い書き込みをしました。


そしたら、『こんなやつ大嫌いだ!』と、過去にも経験のない、私のIPアドレスをBBS上に晒されました。

管理人さんの目には、私が卑怯者として見えたようです。

そのつもりではなかったのですが・・、「遠慮しないで、真正面から行くべきだった」と、反省しています。


さらには、他のアラシ達が、『このIPアドレスから辿ったぞ』と、いろんな情報を晒しまくりました。

ほんとうに驚きました。

こういう対応は初めてでした。


さらに事態は、それでは収まらず、私の職場に[無言電話、嫌がらせ電話]が入って来ました。

晒されたIPアドレスから辿って来たのは、部分一致していたので明白でした。(その電話は使えなくなりましたので解約しました)

その後、警察に相談に行きました。(詳しいことは書きません)

敢えて言うならば、あの時点でしたら威力業務妨害容疑の可能性もありましたので、そこから関係者を一網打尽にも出来たかも知れません。


本来の私は、そこまで徹底的にやる男ですが(汗)、ある方からのお願いがありましたので、そのままにして今に至っています。

その方には、その場の監視をして頂くことと、上記の話を相手の方に伝えて頂くことが、条件でした。

そうした私の話が伝わっていないのか?相変わらずなので、こうして語ることにしました。




【特徴その2:ブログ名】

■私のブログ名は、[平成松下村塾]ですが、松下村塾の名を自分勝手に使用しているわけではありません。

松蔭先生とは遠い遠い縁族(笑)ではありますが、敢えて使わせて頂いています。

【私と松下村塾の名を使え!】と、公案研修時に閃いたからです。



ですから最初は、[平成松下村塾-松蔭と共に幸福実現党を応援]と、もの凄く目立つものに(汗)

それまでは、[虹のかなたに]という、とってもおとなしいブログだったのに(笑)


『それではイカン!名前から変えろ!』と言われたような気がして、今に至っています。

覚悟させられたと言うか、覚悟を決めた瞬間でもありましたね。



■で、私がブログ名に[幸福実現党を応援]と表していたように、[幸福の科学/幸福実現党]を冠しておられるブログも見掛けます。

おそらく、それだけの、お覚悟をお持ちなのでしょう。

それはそれで結構かと思います。


■ただ、私のネット経験上では、逆の場合があります。

わざわざ[幸福の科学の信者]を冠することで、[幸福の科学]を貶める行為をする人達が、中には居るのです。

[幸福の科学の信者が、なんちゃら]とする必要も無いのに、[なんちゃら]だけで良いのに、わざわざ[幸福の科学の信者]を冠する人達も居ます。


■そうして、怪しげな内容を書くことで、[幸福の科学]を貶めんとしているかのように見えるブログも存在します。

そうしたブログは、[幸福の科学の信者]を冠していなかったら、[なんちゃら]だけでしたら、『はは、変なやつ』で終わるものです。

だけども、[幸福の科学の信者]を冠することで、『はは、幸福の科学の信者って、変なやつ』に成りかねません。

意識してのことか、無意識かは分かりませんが、そうしたブログも見掛けます。




【余談:想い出話】

同じことは私にも言えます。

なにせ、松蔭先生の松下村塾を名乗っていますのでね(汗)

松下村塾を最初に創った玉木文之進の親族である事を、わざわざ示しています。

偽物でない証拠として、玉木一族の長たる者しか知らない話を当ブログで披露しました。



■私は、子供の頃から玉木一族の長老達に徹底的に仕込まれましてね。・・これでも(汗)

身近な親戚議員達の裏の裏まで見ていましたので(私の家が寄り合い所でした)、とっても嫌な人達でしたね(汗)

そうした人達は、父親が亡くなったトタンにバッタリと来なくなりました。

すでに、私を鍛えてくれた長老達は亡くなっていて、私に教え込まれた事は他の誰も知りませんでした。

なぜか?玉木の長老達は、自分の子供達にすら教えていなくて、私にだけ託した話があったのです。
(実際には他に二人居ました。明治期、大正期の二人です。私が昭和期です)

理由を推測するに、いろんな人に伝えると、伝言ゲームのように話が変わってしまうからかなって、思っています。


■父親が亡くなり、親族から見放され、世間に放り出された時、ふたつの事を思いました。

ひとつは、「何年掛かろうと、親父の事業を立て直してやる!」です。

もうひとつは、「金輪際、玉木一族には長老達から受けた話を一切話してやるものか!」でした(汗)

事業は10年で立て直しました。(新しい産業を創りました)

そして、ほんとうに「金輪際、玉木一族に・・」でした(汗)、約40年間(笑)


■気持ちが変化したのは、[幸福の科学]に入ってからでした。

いろんな学びを得ている内に、「玉木一族に産まれた人達にも、何等かの理由があるのだろうな」と、思い始めました。

「でもなあ・・、あの人達が」の思いと葛藤しながら(笑)

話のついでのように小出しをすると、『その話、もっと教えて!』と。『その話を知りたかったんじゃ!あんたが知ってたのか!』と言う人も(汗)


話さなかった理由を言うと、『ほんとうにすまなかった。みんな逃げ出してしまったから、あんたの気持ちも分かるぞ』

『でもなぁ、あの借金知ったら、みんなが逃げ出す気持ちも解かってやれや』、『みんな、あれだけの借金を返したお前に驚いてるんだぞ』と。

『そうじゃ!◯ちゃん!ふたりで◎◎党創ろうや!』とまで(笑)

その翌年、幸福実現党が立党したので、◎◎党は創れませんでしたが(笑)、今では応援側にいてくれます。


■で、私が、松蔭先生が玉木の親族だったことは、この幸福実現党立党前に、書店の本を見て知ったわけです。

歴史は興味なかったし。

ですから、「へぇ~」って、感じでしたね。


その後、松蔭先生の公案研修を受けたら、叱られるわ叱られるわ(汗)

『眠っているやつを叩き起こせ!』とか・・。

その時の公案メモ、どこかに置いてあるはずなのですが分かりません。

ただ、キビシク叱られたことだけは憶えていますね。




【エピローグ】

■その後、ブログ名を[平成松下村塾-松蔭と共に幸福実現党を応援]に改めました。

私にとっては一大決心でしたね。


それだけ、ブログ名と、HNには、【意思】が含まれています。

人に寄っては、【意図】かも知れませんが。。


できるなら、【意図】ではなく、【意思】であることを願いつつ。 m(._.)m




1つでも良いです。ポチッと応援、お願い致します m(._.)m


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