AI時代の不登校と多様性、自己理解の重要性

NHK ETV特集「先生が変わる 学校を変える」が、静かな波紋を広げています。学びの多様化学校で、先生たち自身が「先生とは何か」「学校とは何か」を問い直していく1年を追ったドキュメンタリーです。

文部科学省の最新調査では、令和6年度の小中学校の不登校児童生徒数は353,970人。12年連続で増加し、過去最多を更新しました。

ここまで読んで、こう思った方がいるかもしれません。

「うちの子は普通に学校に行っているし、関係ない話だな」

20年以上、総合型選抜のコーチングを生業にしてきた立場から、率直に申し上げます。

この記事は、まさにその「学校に行けている子」の親にこそ、読んでいただきたい話です。


不登校増加と総合型選抜の拡大は、実は同じ現象です

「えっ?」と思われるかもしれません。少し説明させてください。

不登校が増え続けている背景には、学校という場が前提にしてきた**「みんな同じペースで、同じことを、同じ方法で学ぶ」**という型が、子どもの実態に合わなくなってきた、という構造的な問題があります。

一方、大学入試の世界では総合型選抜の枠が年々拡大しています。理由を一言で言えば、**「ペーパーテストで測れる学力だけでは、これからの社会で活躍できる人材を選べない」**と大学側が気づき始めたからです。

つまり、不登校増加と総合型選抜拡大は、「画一的な評価軸が現実に追いつかなくなっている」という同じ現象が、出口の違うところで噴き出しているだけなのです。

学びの多様化学校で起きていることは、5年後、10年後の大学入試と社会で起きることの先取りでもある。だから「うちの子は普通に登校している」家庭にとっても、これは無関係ではないのです。


「では、どこを目指しているのか?」という核心の問い

ETV特集が描く現場では、先生たちが懸命に子どもと向き合っています。「学校に戻すこと」を急がず、「同じ人間として」関わろうとする。その姿勢には頭が下がります。

ただ、番組を見て、私の中に一つの引っかかりが残りました。

「学校に行けることが目標ではない」のはわかりました。では、子どもたちはどこを目指せばいいのでしょうか?

ここが、現代の教育が抱えている最大の宙吊り状態だと思っています。

高度経済成長期の答えは明快でした。指示されたことを、正確に、効率よくこなせる人になればよかった。学校で「みんなと同じ」をやり遂げられる子は、そのまま社会で活躍できた。

しかし今、その答えは機能しません。指示通りにこなす仕事は、AIが急速に置き換えつつあります。代わりに求められているのは、**「考えられる人」「面白がれる人」「新しい発想が出せる人」**です。

総合型選抜が問うのも、まさにこれです。志望理由書、活動報告書、面接、口頭試問——どれも「あなたは何に興味を持ち、何を問い、何を試してきたのか」を言葉にする力が問われます。

ペーパーテストは「正解を再現する力」を測る試験でした。総合型選抜は**「自分の問いを立てる力」を測る試験**です。

そしてこの「自分の問いを立てる力」こそ、AI時代に最も価値が高まる力でもあるのです。


AIが答えを出してくれるからこそ、「問いを立てる力」が決定的になる

ChatGPTが登場して数年、AIで作文も要約もコードも、それなりのレベルで瞬時に手に入る時代になりました。

「じゃあ、子どもの勉強なんてもう要らないんじゃないか」

そう感じる方もいるかもしれません。でも、現実は逆です。

AIに何かを「させる」ためには、「何をさせたいか」が明確でないといけない。プロンプトの良し悪しが、出てくる答えの質を決める。これは、まさに問いを立てる力そのものです。

そして、ここに恐ろしい落とし穴があります。

子どもが「自分で迷う」前にAIに整理してもらい、「自分で問う」前にAIに答えをもらう。すると、表面的には変化の速度に乗れているように見えて、実は**「自分はこれが好きだ」「これが気になる」という感覚そのものが育たない**まま大きくなってしまう。

哲学では、こうした具体的な状況の中で「いつ・どう」判断するかを決める力を「実践知(フロネシス)」と呼びます。AI時代の最大のリスクは、子どもがフロネシスを獲得する前に「答えらしきもの」が手に入ってしまうことだと、私は思っています。


AIは社会を変える「良い力」になるのか、それとも痛みを広げるのか

正直に言います。両方が、同時に起きています。

AIの恩恵を先に受け取れるのは、すでに資源を持っている家庭です。情報、時間、心理的余裕、そして「AIをどう使うか」を子どもに教えられる大人が周囲にいるかどうか。

同じAIの登場で、ある家庭は子どもの可能性を広げ、別の家庭は「うちの子は取り残されるのでは」と新しい不安を抱える。同じ技術が、同じ時刻に、両方を生んでいる。

しかも変化のスピードが上がるほど、この格差は固定化していく可能性のほうが高い。これは「過渡期の痛み」ではなく、放置すれば新しい構造になってしまう問題です。


では、家庭で何ができるのか——3つの実践

総合型選抜のコーチングを通じて、私が確信していることをお伝えします。

1. 子どもから「迷う時間」を奪わない

「効率」を最優先にしないでください。志望理由書を書くとき、最初の数週間は「自分は何を書きたいんだろう」と迷い続ける時間が必要です。この迷いの中にしか、本当の興味は見つかりません。AIに「整えてもらう」のは、自分の言葉が立ち上がってから。順番が逆になると、その子の輪郭は永遠にぼやけたままです。

2. 「答えを与える親」から「一緒に考える親」へ

これは多様化学校で先生たちが取り組んでいる転換と、まったく同じです。「こうしなさい」ではなく「あなたはどう思う?」。「正解はこれだよ」ではなく「一緒に考えてみようか」。地味ですが、この姿勢の転換が、子どもの「自分で問いを立てる力」の根を育てます。

3. AIを「答え機」ではなく「対話相手」として使う作法を伝える

AIに「答えを出させる」のではなく、AIと一緒に考える。「これってどう思う?」「別の見方はある?」「私の論理の弱いところは?」と問いかける道具として使う。この作法は、放っておいても身につきません。大人が見せて、教えて、一緒にやって、ようやく身につくものです。


不登校の話と、わが子の話は地続きです

ETV特集が描いた「学校に行けない子」と、総合型選抜を目指している「学校に行けている子」。一見、まったく違う立場の子どもたちです。

でも、両者が直面している問いは、実は同じです。

「自分は何者で、これから何を目指すのか」

これを、画一的な答えがない時代に、自分の言葉で組み立てなくてはいけない。これは、不登校の子だけが直面する問いではなく、すべての子どもが避けて通れない問いです。

そして、これからの時代に親ができる最大の貢献は、正解を教えることではなく、子どもが自分で問いを立てる時間と環境を守ることだと、私は思っています。

学校が変わり、入試が変わり、社会が変わる時代に、家庭でしか育てられない力がある。

それを信じて、目の前の子と関わっていただきたい。同じ景色を見ている方がいるなら、これからもこの場所で、一緒に考えていきたいと思っています。


この記事のまとめ
  • 不登校35万人と総合型選抜の拡大は、「画一的評価軸の崩壊」という同じ現象の表裏である
  • 高度成長期に求められた「指示通りこなす力」は、AIで置き換えられつつある
  • これからの時代に決定的になるのは「自分で問いを立てる力」
  • AIは社会変化を加速する力にも、格差を広げる装置にもなる——同時に、両方
  • 最大のリスクは、子どもがフロネシス(実践知)を獲得する前に「答えらしきもの」が手に入ってしまうこと
  • 家庭でできる3つのこと:①子どもから迷う時間を奪わない ②「答えを与える親」から「一緒に考える親」へ ③AIを「対話相手」として使う作法を伝える
  • 不登校の子も、総合型選抜を目指す子も、直面している本質的な問いは同じ:「自分は何者で、何を目指すのか」