和名:イヌブナ(犬橅)
学名:Fagus japonica
別名:クロブナ
分布:本州(岩手県以南・岐阜県以西の主に太平洋側)・四国・九州(宮崎県が南限)。日本固有種。
樹高:15~25m 直径:70cm 落葉高木 陰樹
中間温帯~冷温帯の山地に自生し、生育標高はブナよりも低い。中間温帯林の代表種で、クリ・コナラ・シデ類・モミ・ツガなどと混生することが多い。岐阜県から中国地方にかけては日本海側にも分布するが、石川県以北の日本海側多雪地帯には分布しない(※①)。土砂の移動しやすい斜面や土壌の浅い立地で林を形成することが多い(※②③)。
葉は葉身6~11cm・葉柄0.4~1cm。ブナと異なり、葉裏には細長い絹毛がある。側脈は10~14対で、ブナより多い。
花は5月、数年に一度だけ開花する。果実は10~11月に熟す。
果実。1つの殻斗に2つの堅果が入っており、食用となる。殻斗の柄が長いのが特徴。堅果は長さ約1.2cm。健全種子の割合は低い。ブナよりも豊凶を徹底している。
ブナと異なり、果実は下向きにつく。2018年は東京都の高尾山や奥多摩のイヌブナが大豊作であった。高尾山では1995年・2000年・2005年・2011年・2022年にもイヌブナの開花が確認されている(※④)。
樹皮は黒褐色で、イボ状の皮目が見られる。和名はブナより材質が劣ることに由来し、植物の名前で「イヌ」は質が劣る、役に立たないの意味である。樹皮が黒っぽいことからクロブナとも呼ばれる。
根元からひこばえを出して、株立ちになる。斜面の土砂が移動して主幹が倒れても、根の一部が土中に残っていれば、萌芽枝が速やかに生長して再生できる(※②)。幹の寿命は短いが、ひこばえを出すことによって株を存続させ、寿命は1000年近くになることもある(※①)。ブナと違って萌芽力旺盛であるため、二次林でも見られる。
実生(2019年4月、東京都高尾山にて撮影)。豊作年の翌春には沢山の実生が見られる。
稚樹。実生の枯死率は高く、萌芽更新に大きく依存している。陰樹だが、稚樹は陽光を必要とする。
【変種】
・ハコイヌブナ 学名:var. pleiosperma
殻斗が5~6裂し、堅果が3~5個含まれる変種。1956年に神奈川県丹沢山で発見された。葉柄・葉裏には殆ど毛が見られない。
【関東周辺のイヌブナ自生地】
・群馬県:赤谷の森、谷川岳山麓部(※⑤)、子持山、三峰山、迦葉山、川場村。岩櫃山北面・妙義山周辺・多野山地・足尾山地などに僅かに見られる。
・栃木県:塩谷町・尚仁沢上流部(国指定天然記念物)、佐野市・根本山
・茨城県:筑波山北斜面
・埼玉県:秩父山地
・東京都:高尾山北斜面、御岳山、高水山北斜面、奥多摩山地(三頭山北斜面、鷹ノ巣山北斜面など)
・千葉県:清澄山系(東大演習林)
・神奈川県:小仏山地、丹沢山地、箱根北西部
・山梨県:鶴寝山・大マテイ山、二十六夜山、三ツ峠山、大室山、大菩薩嶺、七面山、布引山など
主に太平洋型気候域の中間温帯~冷温帯山地に分布するが、日本海型気候域である群馬県北部にも分布する。太平洋型気候域でも、ブナに比べると分布は限られている。ブナ林よりも低標高に分布するため、人為的に破壊された場所も多い。
東京では標高500~1700mの山地に生育している。高尾山では、標高300~500mに約800本のイヌブナが生育している。高尾山では北斜面にイヌブナ・ブナなどの落葉広葉樹、南斜面にカシ類などの常緑広葉樹が生育している。これは南斜面は日射が多くて気温が高く、北斜面は気温が低いことに起因する。
千葉県では清澄山系にごく少数が分布しており、東京大学千葉演習林では標高160~230m付近に生育している(※⑥)。房総丘陵は暖温帯域であるが、イヌブナ・ヒメコマツ・ツガなどの冷温帯性の樹種も分布する。これらの種は、今から2万年前を中心とする最終氷期の遺存種とされる。房総丘陵は堆積岩地質の山で浸食を受けやすく、痩せ尾根と急峻な斜面を形成し、谷はU字谷となっている。これは浸食により岩が削られ、同じ硬さを持つ堆積岩が残った結果である。急峻な斜面では絶えず小規模崩壊が生じ、常緑広葉樹がすぐには侵入できない環境が継続している。このような山地や丘陵地では地形の影響によって気候変化の直接的影響を免れて植物が残存する逃避地が生じやすい。房総丘陵特有の圧縮された垂直分布は、「寸詰まり現象」と呼ばれる(※⑦⑧)。
<参考資料>
②渡辺一夫 イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか―樹木の個性と生き残り戦略 築地書館 2009年
③星直斗 丹沢山地におけるイヌブナ林の種組成と分布 植生学会誌 1999年
④高尾ビジターセンター発行ニュースレター vol.55
⑤大久保達弘 イヌブナの萌芽特性及びイヌブナ天然林の更新に関する研究 宇都宮大学演習林報告第38号 2002年
⑥軽込勉・米道学・三次充和・久本洋子・楠本大 千葉演習林における希少な樹種の生育状況 2024年
⑦原正利 気候の変化と植物の移動
⑧福嶋司 日本のすごい森を歩こう 二見書房 2017年







