ナラガシワは他のナラ類(特に交雑種)と誤認されがちです。筆者も2017年にコガシワを認知するまでは混同しており、東京都の新宿御苑や高尾山山頂でナラガシワとされている個体はコガシワと判明しました。また、筆者は葉が大形のコナラにナラガシワの銘板がつけられているのも見たことがあります。本稿ではナラガシワの生育環境と関東周辺でのナラガシワ記録地点を照らし合わせ、誤認の可能性がある記録地点を考察したいと思います。
〈参考リンク〉
【ナラガシワとコガシワの比較】
・ナラガシワ
ナラガシワの葉。葉身10~30cm・葉柄2~3cm。枝は太くて粗い。
ナラガシワのどんぐり。東日本の個体群の堅果は大粒(長さ3~4cm)で細長いことが多い。
・コガシワ
コガシワの葉。葉と枝が太くて粗い点はナラガシワに似る。実も観察しなければ、ナラガシワと誤認しかねない。2017年9月、東京都昭和記念公園にて。
コガシワの葉。2018年8月、群馬県桐生市吾妻山にて。吾妻山はフモトミズナラ・コナラが優占し、カシワも少数生育している。
コガシワのどんぐり。堅果の果柱・殻斗の鱗片がやや長い点はカシワの特徴で、ナラガシワとの区別点である。2017年9月、東京都新宿御苑にて採集。
コガシワのどんぐり。2017年10月、東京都昭和記念公園にて採集。
【ナラガシワの分布と生育環境】
国内では本州(岩手・秋田県以西)・四国・九州(対馬・壱岐を含む。鹿児島県を除く)に分布する。分布の中心は近畿地方中部から中国地方で、中部地方以東では極端に少ない。
沖積低地や山麓の沢沿い・林縁に自生する。生育標高はナラ類の中で最も低く、暖温帯を中心に分布する(後述)。西日本では雑木林でコナラやアベマキと混生することもあるというが、関東周辺ではハルニレ・ケヤキ・エノキなどと河畔林を形成している場所が多い。また、ナラガシワは氾濫原に生えることが多く、オニグルミやヤナギ類のように河道内に生えることは殆どない。
ナラガシワは陽樹的性格が強いようで、山麓部での生育地点は林縁などの明るく開けた場所であることが多い。林内に生えることも時折あるが、多くは被陰により衰弱している。氾濫原に生えることも踏まえると、撹乱頻度の多い場所に生えるようである。
【関東周辺のナラガシワ(変種アオナラガシワを含む)記録地点】
下線:ナラガシワと確認済
赤字:レッドデータブック掲載およびランク
〈福島県〉
猪苗代町:猪苗代湖畔(優占林。※①)
会津美里町:伊佐須美神社(町指定天然記念物)
会津坂下町:恵隆寺(植栽。町指定天然記念物だったが、2005年枯死)
〈茨城県〉
日立市:川尻町・蚕養神社(1本。※②)
〈栃木県〉
宇都宮市:古賀志山(※③)
〈群馬県〉(※④)
東吾妻町:菅峰
安中市:碓氷峠の沢沿い・林縁(優占林)、小根山、妙義山、妙義湖(※②)
下仁田町(詳細不明)
〈埼玉県〉
毛呂山町:平山の毛呂川沿い(優占林。10本以上)
日高市:北平沢・新堀の高麗川沿い(数本。※②)
秩父市:別所の沢沿い(2本。※②)
〈東京都〉:絶滅危惧ⅠB類(EN)
奥多摩町:日原(※③)
八王子市:西寺方町・下恩方町の北浅川沿い(優占林。約40本)
八王子市:高尾山・北高尾に稀(アオナラガシワ。※⑤)
〈千葉県〉:千葉県レッドリスト(2017年改訂版)で重要保護生物
山武市:成東(※②)
〈神奈川県〉
相模原市緑区:中沢の沢沿い(3本)
横浜市瀬谷区:阿久和南4丁目(※⑧)
大和市:下和田町上ノ原(段丘斜面の林縁に1本あるとのことだが、筆者は確認できなかった。※③・⑥)
足柄上郡山北町:山神峠(※③)
〈長野県〉:絶滅危惧Ⅱ類(VU)
野沢温泉村:平林(村指定文化財の巨樹)
長野市:飯縄山
松本市:美鈴湖
茅野市:市民の森
岡谷市:出早雄小萩神社(1本。市指定天然記念物。諏訪地方の神社に点在との情報あり)
辰野町・塩尻市:矢彦・小野神社(成木4本・若木4本。県指定天然記念物)
〈静岡県〉
南伊豆・下田(詳細不明。※⑦)
【ナラガシワが関与した交雑種の記録地点(ナラガシワ記録地点を除く)】
〈埼玉県〉
宮代町:和戸(ナラガシワ×コナラ?※②)
〈神奈川県〉
相模原市緑区:牧野(ナラガシワ×カシワ。※⑨)
横須賀市:荒崎(ナラガシワ×カシワ。※⑨)
【東京都八王子市北浅川・群馬県安中市碓氷峠のナラガシワ優占林の詳細】
【まとめ】
関東周辺ではナラガシワは単木~小集団で生育している場所が多く、優占林は数箇所に存在するのみである。東京都・千葉県・長野県では各都県のレッドデータブックに掲載されているが、他の県でも生育地点・個体数ともに非常に少ない。
関東周辺で最大規模のナラガシワ優占林は、群馬県安中市碓氷峠であった。碓氷峠では山麓部の沢沿いや斜面に僅かに残された天然林でナラガシワが優占種になっており、標高が上がるにつれてナラガシワ・コナラ林→コナラ・ミズナラ林と変化する。碓氷峠でのナラガシワの分布の中心は標高約380~500mで、上限はめがね橋(標高約580m)であった。また、ミズナラの生育下限は碓氷湖(標高約520m)であった。このことから、ナラガシワはミズナラ・コナラよりも生育標高が低く、暖温帯を中心に分布することがわかる。
関東周辺の未確認の記録地点のうち、ナラガシワの生育環境(暖温帯・沖積低地や山麓部の沢沿い)に合致しない場所は誤認されている可能性がある。例えば、神奈川県山北町山神峠(標高約880m)や東京都奥多摩町日原(標高約600m以上:コナラ・ミズナラが混生)は、碓氷峠での生育標高や植生と比較すると疑問が残る。
また、関東周辺ではナラガシワはハルニレと混生することが多い。ハルニレも関東平野では少ない樹種であり、ナラガシワと混生することは興味深い。ハルニレの生育環境を文献で調べると、扇状地など湿潤で肥沃な土地に多いと記されており、ナラガシワの生育環境と概ね一致する。暖温帯域のハルニレの分布地点を探せば、ナラガシワはまだ見つかるかもしれない。
ハルニレ。 冷温帯・山地の谷沿いに生育することが多いが、暖温帯にも出現する。
〈参考資料〉
①野嵜玲児 ナラガシワ群落について-沖積低地の自然林植生の一型として- 奥田重俊先生退官記念論文集 2001年
②須田大樹 関東地方におけるナラガシワの分布とその生育立地 埼玉県立自然の博物館研究報告 2018年3月
③渡嘉敷裕 八王子城山及びその付近(旧恩方村)の主な植物(5) 東京都の自然 1996年3月
④群馬県高等学校教育研究会生物部会「群馬県植物誌改訂版」編集委員会 群馬県植物誌 群馬県 1987年
⑤林弥栄・小山芳太郎・小林義雄・大河原利江・峯尾林太郎・飯田重良 高尾山天然林の生態ならびにフロラの研究
⑥大和市教育委員会 大和市の植物 1991年
⑧高橋秀男・勝山輝男・田中徳久 横浜の植物 横浜植物会 2003年
⑨神奈川県植物誌調査会 神奈川県植物誌2001 神奈川県立生命の星・地球博物館 2001年