2018年4月1日掲載

2025年4月1日改訂・再掲載


分類:モクレン科モクレン属

和名:シデコブシ(四手辛夷・幣拳)

別名:ヒメコブシ、ベニコブシ

学名:Magnolia stellata

分布:静岡県西部、愛知県尾張・渥美半島、岐阜県東濃・中濃地方、三重県北勢地域(日本固有種)。

樹高:3~15m 直径:25cm 落葉小高木 陽樹

 

東海地方の丘陵地の湧水湿地やその周辺に自生する。海抜100~300mに生育し、それより上部ではタムシバが現れる。

氷河期に南下してきたコブシが、過去の地史的変遷(第三期鮮新世の東海湖の誕生や第四期の鈴鹿山脈の隆起・沈降でできた伊勢平野・濃尾平野の形成)により大きな影響を受け、湿地に適応し、花弁の八重化を伴って分化して誕生したと考えられている(※①)。コブシとタムシバの交雑起源という説もある(※②)。

モクレン科は被子植物の最も原始的な形態(雄蕊と雌蕊が螺旋状につく等)を今日に残し、中生代白亜紀(1億3000万年~6500万年前)の恐竜が存在していた頃には誕生していたといわれる。シデコブシが誕生した年代は不明だが、第三期鮮新世(500~160万年前)の地層から化石が出土しており、現在の自生地は約400万年前にあった東海湖の湖岸にあたる(※③④)。以上のようなことから、本種は「生きた化石」と称される。

本種は環境省レッドリストの準絶滅危惧(NT)に指定されている。湿地の開発や造成、里山の放置による被陰が原因で減少したと考えられている。園芸目的による採取により、消滅した場所もある。また、名古屋市守山区~尾張旭市では植栽されたコブシとの交雑が拡大しており、純粋なシデコブシがなくなりつつある。

尚、本種はかつて、中国に分布するMagnolia sinostellataと同一と考えられていた。

 

葉は互生し、長楕円形または倒披針形で、長さ 5~10cm、葉柄は長さ 2~5mm。葉裏は淡緑色で脈上に毛がある。


花は3~4月、葉の展開前に開花する。花は白色から濃紅色で、直径7~12cm。萼と花弁の区別はない。変異が大きく、生育地域によって特徴が異なる。花片は9~25枚が標準だが、少ないものでは6枚、多いものでは30~40枚ほどになる。雌性先熟で、雌蕊が先に成熟し、雄蕊は後から成熟する。花弁が傷みやすく、花が美しいのは開花してから2日程度(※⑤)、開花期間は株全体で20日程度である(※⑥)。

花がやや小形で、色が濃いものをヒメコブシ(別名:ベニコブシ 学名:Magnolia stellata var.keiskei)と呼ぶことがある。

和名は花が玉串やしめ縄につける四手に似ていることに由来する。種小名のstellataは「星形の、星状の」という意味で、花が星形であることを表しており、英名をスター・マグノリアという。

花はヒヨドリに食べられやすく、食害を受けていないものを見つけるのは難しい。

 

果実は集合果で長さ3~7cm。9月頃に熟すと裂けて、赤い種子が糸の先に垂れ下がる。

 

萌芽力が強く、株立ちになることも多い。比較的乾燥した場所では樹高10mを超えるが、湿地では生育が抑制され、樹高2mにも満たないものもある。湿地に分布している理由は、湿地に耐える仕組みをもっていて、他種との競争関係から湿地で生きることが有利にはたらくためである。

 

樹皮。灰白色で滑らかである。東海地方では、焼物を焼く窯の火つけ材としても利用された。

庭木・公園樹・街路樹などとして植栽され、コブシを台木にした接木苗が流通している。

 

【自生環境】

シデコブシが自生する湿地は、粘土層の上に砂礫が重なった土地に水が染み出してできている。地表近くの地下水が常に移動し、根に酸素が供給されることが重要な生育条件となる。この土地に含まれる粘土は焼き物に利用されるため、シデコブシの自生地域は焼物の産地と重なる(※⑦)。 

愛知県田原市・藤七原湿地(市指定天然記念物)。渥美半島最大のシデコブシ群落で、約300株が生育する。

愛知県田原市・黒河湿地(県指定天然記念物)。個体数は少ないが、大輪の花をつける個体もある。渥美半島の4箇所の自生地の中では最も開花が早い。 

愛知県名古屋市守山区・東谷山。名古屋市最大のシデコブシ自生地で、南斜面の沢筋で132本が確認されている。

愛知県春日井市・築水池のシデコブシ自生地(市指定天然記念物)。シデコブシは湧水が流れる谷底を中心に250株以上が生育しており、春日井市最大の自生地である。

岐阜県中津川市・岩屋堂のシデコブシ群生地(県指定天然記念物)。樹高10mに及ぶ高木から中低木まで約130株が生育する。

 

【園芸品種】

シデコブシは木が小形で花の観賞価値が高いことから、80品種ほどの園芸品種が作られている。アメリカでの評価が高く、1877年にはイギリスにも導入された。シモクレンの園芸品種との交配により作出された小型品種群はガールマグノリアと呼ばれ、1950年代のアメリカで誕生した。

ウォーターリリー

日本で選抜された白花品種で、オランダからヨーロッパに広まった。本品種名で栽培されるものには数系統あり、アメリカで選抜された花片が20~30枚以上のウォーターリリーもある。

ロイヤルスター

蕾ではシルバーピンクだが、開花時には退色して純白になる。大輪で花片25~30枚と多い。

アップライト

蕾では桃色だが、開花時には退色して純白になる。花弁外側中央には桃色の筋が残る。大輪で花弁は太く、20~30枚くらい。

キングローズ

蕾では淡桃色だが、花弁内側が白い為、開花時には白色に見える。花弁は細長く、星のような形に咲く。

ロゼア

濃桃色の花弁が重なるように咲く。

菊咲

桃色の八重咲品種。

 

【交雑種】

シデコブシ×コブシ 学名:Magnolia×kewensis

コブシとの交雑種。尚、コブシはシデコブシの分布域には分布しない。

写真はバレリーナという品種で、咲き始めは淡桃色だが、次第に白色へ変わる。

シデコブシ×タムシバ 学名:Magnolia×proctoriana

タムシバとの交雑種で、岐阜県中津川市付近で確認されている。F1はタムシバが種子親でシデコブシが花粉親になることが多い。F2やタムシバとの戻し交雑個体も存在するが、シデコブシとの戻し交雑個体は殆ど存在しない。

 

【都道府県別分布・保全状況】

・静岡県:指定なし

県西部の浜北と湖西に稀に自生する(※⑧)。

・愛知県:絶滅危惧Ⅱ類(VU)。2015年。

田原市・岡崎市・豊田市・瀬戸市・春日井市・名古屋市守山区・犬山市に分布。かつては知多半島(武豊町二ツ峯湿地)にもあったが、消滅した。渥美半島の集団は形態・遺伝的に他の地域のシデコブシとは異なることが報告されている。

・岐阜県:絶滅危惧Ⅱ類(VU)。2014年。

各務原市~多治見・土岐・中津川市などの東濃地方に分布。岐阜県のシデコブシは愛知・三重県と比較すると高い遺伝的多様性を持っている。東濃地方のシデコブシ自生地は多くの集団が集まって大きな分布面積を持ち、他の分布域では見られないような貴重な白生地となっている。多治見のものは花弁が多く、最多で40枚ほどになる。

・三重県:絶滅危惧ⅠB類(EN)。2015年。

いなべ市・菰野町・四日市市で計6か所の生育地がある。渥美半島と同様に、隔離分布集団となっている。

 

〈関連リンク〉

 

〈参考資料〉

①中津川市シデコブシ資料

②関の文化財探訪 その33 56下迫間のシデコブシ自生地

③水辺の環境 シデコブシ

④鈴木勝己 豊田市の貴重な植物 シデコブシ

⑤菰野町が誇る希少な春の花 シデコブシ⑥https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/raretree/9_MSindex.html

⑦未来に遺したい郷土の自然 多治見のシデコブシ

⑧杉野孝雄 静岡県産希少植物図鑑 株式会社静岡新聞社 2009年