2021年8月6日掲載
2025年10月12日改訂・再掲載
東京都八王子市西寺方町・下恩方町の北浅川沿いのナラガシワ(変種アオナラガシワを含む)自生地について、本稿で詳しくまとめます。北浅川右岸は、八王子市によって小田野中央公園(愛称:芝生公園)として整備されています。
※本記事は2021年8月6日に掲載したものですが、ナラガシワの本数が変わったことと、新たな情報を得たので改訂・再掲載します。
【自生地の概要】
当地のナラガシワは後述の文献①に詳しく記載されている。この文献は、八王子市の図書館に所蔵されている。文献①によると、1996年時点では北浅川の右岸に46本(小田野中央公園の林には41本)・左岸に17本の計63本ものナラガシワが生育してしたそうである。当地は、かつての雑木林を公園の緑地として残した結果、偶然にも伐採を免れたものであろうと記載されている。
筆者が当地を初めて訪ねたのは2017年10月のことである。当地でナラ枯れが発生する前の2019年10月に個体数を数えたことがあり、当時は右岸に30本・左岸に13本の計43本のナラガシワが確認できた。当地では2021年まではナラ枯れは発生していなかった。2023年に小田野中央公園の一部のナラガシワが伐採され、個体数が減少した。2025年10月の訪問時にはナラ枯れ被害を受けたナラガシワが5本見られたものの、いずれも完全枯死はしておらず、生存しているナラガシワは右岸21本・左岸12本の計33本であった。
ナラガシワはレッドデータブック東京では絶滅危惧ⅠB類(EN)に指定されている。④の分布図では、八王子市に4箇所、あきる野市に1箇所(⑤⑥)、檜原村に1箇所の印がついている。
また、文献①には関東地方でのナラガシワ・アオナラガシワの分布についても記されていたので、以下に記載する。※はアオナラガシワである。
・栃木県宇都宮市古賀志山(牧野富太郎・1938年)
・東京都奥多摩町日原(新井二郎)
・東京都八王子市美山町山入(吉山寛・1959年)
・※東京都八王子市美山町縄切(吉山寛・1959年)
・※東京都八王子市高尾町大垂水峠付近(林弥栄・1960年)
・神奈川県津久井町三井(城川四郎・1981年)
・神奈川県大和市下和田町上ノ原(武井尚・1988年)
・神奈川県足柄上郡山北町山神峠(勝山輝男・1982年)
上記の分布地点のうち、東京都奥多摩町日原、八王子市美山町山入・縄切、神奈川県大和市の記録地点は筆者が訪ねてみたが、見つけることはできなかった。また、神奈川県津久井町(現:相模原市緑区)に自生していたナラガシワは、ナラ枯れにより全滅した。尚、関東地方では上記の分布地点以外にもナラガシワが自生している場所はあるが、分布地点・個体数ともに非常に少ない。
ナラガシワは現代の関東平野では稀な存在だが、縄文時代中期~晩期の遺跡からはよく出土しており、当時の関東平野には普通に生育していたことが明らかになっている。
【ナラガシワ自生地の植生】
北浅川沿いを大まかに4つの区域に分けて紹介します。
①小田野中央公園中央部
優占種はエノキ・ナラガシワで、他にはクヌギ・ケヤキ・オニグルミ・キササゲ・マグワ・ミズキ・マユミなどが生育しています。
②小田野中央公園南西部
優占種はナラガシワ・ケヤキで、チョウセンコナラ(ナラガシワ×カシワ)・コナラ・クヌギ・エノキ・オニグルミ・イヌザクラ・カツラ・キササゲ・イロハモミジ・マグワ・ニガキ・クマノミズキ・マユミなどが生育しています。まとまった林があり、ナラガシワの個体数も最も多い区域です。チョウセンコナラは3本あります。北浅川北西の民家にカシワの大木があったため、花粉が風で運ばれてナラガシワと交雑したのかもしれません。
公園横を流れる北浅川です。今の時期は水量が少ないですが、秋の長雨の時期には勢いよく水が流れています。昨秋の台風で右岸の堤防が決壊し、修復が行われています。
ナラガシワは自然堤防外側の氾濫原に自生しています。オニグルミやヤナギ類と異なり、河道内には生えません。
ナラガシワの堅果の成熟時期が秋の台風シーズンと重複することを考えると、河川が氾濫した時に落下した堅果が水で流され、流れ着いた地で発芽して増えていくという更新形態なのかもしれません。しかし、北浅川沿いではナラガシワの後継樹は殆ど見られず、更新不順のようです。治水工事によって河川の氾濫が少なくなったことが要因なのかもしれません。
③北浅川左岸(下原刀匠康重鍛刀の地)
優占種はナラガシワで、ケヤキ・エノキ・オニグルミ・クヌギ・ヤマグリ・ニガキが生育しています。八王子市指定史跡・下原刀匠康重鍛刀の地です。
カブトムシが雌雄1匹ずついました。夏ですね。
以前は左岸に竹藪があり、竹藪の中にもナラガシワが少数ありましたが、伐採されてしまいました。写真の場所は現在は宅地化されています。
④小田野中央公園北東部
ここにはナラガシワはありませんが、河畔特有の植生が見られるので紹介します。優占種はエノキ・ハリエンジュで、ハルニレ・ケヤキ・オニグルミ・サイカチ・マユミ・アラカシなどが生育しています。
ハルニレ。ハルニレも東京都レッドリスト(本土部)2020年版に記載されている種で、本土部では準絶滅危惧(NT)、南多摩では絶滅危惧Ⅱ類(VU)となっています。河畔林の構成種でナラガシワと混生することが多い樹種です。北浅川支流の小津川にも生育しています。
サイカチ。この木も東京ではあまり見られません。マメ科の落葉高木で、枝には棘があります。
ナラガシワがあるのは北浅川沿いの一角のみで、近隣の他の河川では全く見られません。縄文時代から弥生時代になり、人類の主食が堅果類から米になったことで河川沿いは水田や農地に転換され、ナラガシワも姿を消していったのかもしれません。北浅川のナラガシワ自生地は、縄文時代の古植生を今日に残す場所と言っても過言ではないかもしれません。
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〈参考文献〉
①渡嘉敷裕 八王子城山及びその付近(旧恩方村)の主な植物(5) 東京都の自然 1996年3月
②須田大樹 関東地方におけるナラガシワの分布とその生育立地 埼玉県立自然の博物館研究報告 2018年3月
③野嵜玲児 ナラガシワ群落について-沖積低地の自然林植生の一型として- 奥田重俊先生退官記念論文集 2001年
④東京都レッドデータブック(本土部)2023
⑤第11期 第1回 平井川流域連絡会 議事要旨 2022年
⑥平成25年度あきる野市自然環境調査報告書 2013年