2021年9月2日掲載
2025年8月26日改訂・再掲載
2025年9月2日改訂
【ナラ枯れとは?】
正式にはブナ科樹木萎凋病(ぶなかじゅもくいちょうびょう)という。カシノナガキクイムシ(カシナガ)が樹体内に持ち込むナラ菌によって、道管が目詰まりし、通水障害を起こす病気である。樹体内で成長・羽化した新成虫がナラ菌を付着して別の健全なナラに飛来し、樹体内に穿入することによって被害が拡大する。被害木は7月下旬~8月中旬にかけて樹液の流動が止まり、水不足で葉がしおれて変色し、枯死に至る。尚、穿入を受けても枯れない個体(穿入生存木)もある。根元には木屑や糞の混合物(フラス)が堆積し、材は褐色に変化する。
写真1:ナラ枯れにより葉が茶色く変色したコナラ
写真2:被害を受けたコナラの根元。大量の木屑(フラス)が積もっている(写真1・2は2020年8月、東京都野川公園で撮影)。
写真3:被害を受けたアカガシ。この個体は穿入生存木である。
【ナラ枯れの仕組み】
①6~7月:被害木から新成虫が脱出。1本の木から数万頭が羽化することもある。
②6~10月:健全なナラに雄が穿入し、集合フェロモンを放出する。
③7~10月:集合フェロモンに誘因され、雄雌が集中的に穿入(マスアタック)。
④萎れ始めてから1~2週間で急激に枯れる。
【被害を受けやすい木】
胸高直径20cm以上(樹齢40~50年生以上)の大径木ほどカシノナガキクイムシの繁殖に適しており、直径10cm以下では繁殖しにくい。ブナ属を除いた日本産ブナ科の全ての属で枯死が見られ、外国産種も感染する。樹種によってカシナガが好む木や枯れやすさが異なる。最もカシナガが好む木はミズナラ・コナラで、穿入を受けるとミズナラは7~8割、コナラは2~3割が枯死する。
【近年の被害拡大の理由】
カシノナガキクイムシは在来種であり、ナラ枯れ被害は古くから発生している。文献で確認できる最古の被害は1930年代の宮崎・鹿児島県での被害である。1950年代の山形・兵庫県でも被害はあったものの、かつては過熟薪炭林で散発的に被害が出た程度で数年で終息していた。しかし、1970年代以降は終息することなく、日本海側地域を中心に被害が徐々に拡大した。2000年代には太平洋側地域にも拡大し、2010年には関東圏を除く本州の全域に広がった。2017年には神奈川・千葉県、2019年には島嶼部を除いた東京都・埼玉県でも被害が確認され、2020年以降は爆発的に被害が拡大し、関東平野全域に広がった。
近年のナラ枯れの被害拡大は里山の放置によるナラ類の大径木化が原因とされている。薪炭林が15~30年の周期で伐採されていた頃は繁殖に適した大径木が少なく、枯死被害は少なかった。しかし、1950年代からの燃料革命で石油・ガスなどの化石燃料が普及すると、薪や木炭の生産が激減して1980年には里山の利用がほぼ停止した。その結果、40~70年生の林分が多くなり、被害を受けやすい大径木が増加した。
【予防と駆除】
①予防
・幹への粘着剤の塗布
・ビニールシートによる幹の被覆
・殺菌剤の樹幹注入
・萌芽更新による若返り
②駆除
・薬剤によるくん蒸
・被害木の破砕・焼却
写真4:ビニールシートを被覆されたコナラ(2021年7月、東京都西東京市)
写真5:アース製薬が開発した「かしながホイホイ」という粘着シートも使用されている(2021年7月、東京都小平市)。
写真6:TWT(トランク・ウィンドウ・トラップ)と呼ばれるトラップ(2021年7月、東京都小平市)
写真7:新成虫の拡散防止のため不織布を巻かれたコナラ(2021年9月、東京都多摩市)
【ナラ枯れにより地域集団が消滅する危険性】
ナラガシワは西日本には多いが、東日本では分布地点・個体数ともに極めて少ない。中部地方以東では、岩手県・群馬県・埼玉県・千葉県・東京都・石川県・長野県・岐阜県・愛知県で都道府県別のレッドデータブックに記載されている。
生物は同じ種であっても産地が違うと遺伝的地域性にも違いが見られることが多い。また、個体数が減少すると遺伝的多様性の低下や近交弱勢も危惧される。そのため、各地域ごとの集団を大切にする必要がある。
ナラガシワの遺伝的地域性は、東日本と西日本で明確に異なっているが、前述のような分布状況を踏まえると、東日本の遺伝的集団は大変稀少であると言える。関東周辺では多くが隔離分布になっており、集団サイズも決して大きくない場所が多い。中には成木が1~3本あるのみで、後継樹は育っていない場所もある。そのため、ナラ枯れの拡大により、ナラガシワの地域集団(特に小さい集団)が消滅する危険性がある。東日本のナラガシワの稀少性の認知と、早急な対策が求められる。
また、カシワ・イチイガシも関東周辺ではナラガシワと同様に少なく(特にイチイガシは成木が1本しかない場所もある)、ナラ枯れにより消滅する地域集団が出る可能性がある。
写真8:埼玉県毛呂山町平山2丁目のナラガシワ自生地。川沿いにナラガシワの小群落が見られ、関東でナラ枯れが拡大する以前は9本の成木が存在した。2025年8月時点では健全な成木が4本、ナラ枯れ被害を受けた成木が2本(1本は枯死寸前、もう1本は根元のみ生存)、若木が2本となっていた。「埼玉県レッドリスト2024植物編」では絶滅危惧ⅠB類(EN)となっている。
<参考文献>
・森林総合研究所関西支所 ナラ枯れの被害をどう減らすか -里山林を守るために- 2012年
・日本森林技術協会 ナラ枯被害対策マニュアル 2012年
・静岡県 静岡県ナラ枯れ被害対策ガイド 2014年
・矢口甫 関東都市域で拡大するナラ枯れ-その現状と対応-