2021年2月18日掲載

2026年2月25日改訂・再掲載

2026年3月12日改訂

 

冬の時期は落葉樹が葉を落としているため、照葉樹に目が向くようになります。社寺の周囲に見られる鎮守の森は、その地域の潜在自然植生を知る手掛かりとなります。しかし、社寺には植栽される樹種もあり、また鎮守の森の保護の歴史は意外と浅いのではないかという説もあるそうです。

 

【1. 神社の起源】

 日本人は古代からあらゆる物に神が宿っていると考え、天変地異や災害は神の戒めだと思っていた。そのため、自然の中に神を見出だし、平穏無事を願った。山・森林・巨木・岩・滝・河川・海など自然の様々なものには神が宿るとされ、拝んでいた場所に社を建てたのが神社の始まりである。この自然信仰は、縄文時代の思想が起源になっている。

 

【2. 神社(神道)と寺院(仏教)の違い】

 神道は日本において独自に育まれてきた宗教であり、神社には日本古来の神様が祀られている。仏教はインドから中国を経由して日本に伝わった宗教で、寺院には仏様が祀られている。日本に仏教が伝わったのは538年または552年であるが、100年ほど経つと神様と仏様は一緒であるという神仏習合という考えが生まれる。神仏習合の時代は約1200年続いたが、明治初年(1868年)の神仏分離令神仏判然令)により、神道(神社)と仏教(寺院)に分離された。

 

【3. 鎮守の森とは?】

 鎮守の森社叢社寺林)とは、神社・寺院を取り巻く森のことである(但し、神社・寺院の周囲に必ず森があるというわけではない)。前述のように、神道(神社)と仏教(寺院)は、明治初年(1868年)の神仏分離令まで約1200年もの間、神仏習合であったため、神社の森と寺院の森を明確に区別することはできない。

 神社の森、いわゆる鎮守の森は神宿る森として崇められ、「不入(いらず)の森・禁足地」とされてきた。神域の木を伐ると祟りがあるという言い伝えもあり、多くの森が伐採を免れてきた。

 寺院の森においても、仏教徒が守る5つの戒めである五用心(五戒)のひとつに「生命あるものを殊更に殺さざるべし」とあるため、樹木の伐採が禁じられたことが考えられる。また、明治時代までは神仏習合であったことから、神社と同様の理由で保護されてきたと思われる。

写真1:静岡県伊豆市大宮神社の社叢(市指定天然記念物)。

写真2:千葉県長南町笠森寺自然林(国指定天然記念物)。

 

【4. 上知令(上地令)と合祀令による社叢の減少】

 明治4年(1871年)と明治8年(1875年)の2回にわたり、上知令上地令)によって社寺の所有地が没収され、社寺の面積は大きく削られた。さらに、明治39年(1906年)には、合祀令によって神社は一村(一行政村)一神社を基本として合祀・統合され、同時にその土地を召し上げられた。上知令と合祀令により、社叢の面積・数は大きく減少した。

 

【5. 潜在自然植生とは?】

 現在の人為的干渉を全て停止した場合に成立しうる理論上の極相群落を潜在自然植生という。

 関東以西の低地~山地帯下部では、海岸沿いはタブノキ・スダジイ、内陸部はシラカシ・アラカシ・ウラジロガシ・アカガシなどのカシ類が優占する照葉樹林が潜在自然植生と考えられる。照葉樹林帯は古くから人間の生活圏となってきたため、開発や二次林化・人工林化などによって、現存する照葉樹林は極めて少なくなっている。鎮守の森は伐採を免れてきたため、その地域の潜在自然植生の面影を残している。かつて薪炭林として利用されたコナラ・クヌギ・アベマキなどの雑木林(二次林)も、放置されれば次第にシイ・カシ類が優勢になり、200年以上経てば照葉樹林になる。

 しかし、鎮守の森の保護の歴史は浅いのではないかという見解もある。吉良竜夫は、滋賀県内の社寺林を調査し、樹木の大きさや下生えの種類の貧弱さから、社寺林の意識的な保護が始まったのは明治以降ではないかと推測している。また、1972年の植生調査で照葉樹林だった滋賀県の社寺林を、1900年前後の地形図で植生景観を調べたところ、針葉樹の植生記号(恐らくはアカマツ林)が示されている社寺もあったという研究結果もある。陽樹であるアカマツの優占林であったとすれば、社寺林であっても人為的攪乱が加わっていたのかもしれない。

写真3:東京都日野市百草八幡神社のスダジイ(市指定天然記念物)。スダジイを優占種とし、シラカシ・アラカシ・ウラジロガシなどが混生する。多摩地域ではケヤキ・ムクノキなどの社叢が多く、照葉樹林の社叢は少ない。

 

【6. 社寺に植栽される樹木】

 社寺では、献木による植林もよく行われてきた。献木によって作られた社叢は、明治神宮が有名な例である(後述)。神事・仏事に使う樹種・神仏に関係する樹種の植栽、神木としての植栽、用材としての植栽もある。そのため、社寺にある樹木の全てが自生というわけではない。

写真4:イチョウ(イチョウ科)。中国原産で、社寺に植栽されることが多い。写真は東京都芝東照宮のイチョウで、1641年に徳川家光が植えたものとされる。

写真5:スギ(スギ科)。神木にされることが多い。

写真6:カヤ(イチイ科)。寺院に植栽されることが多い。

写真7:ナギ(マキ科)。熊野神社系では航海の神として海が「凪ぐ」にかけ、神木とされる。雄株・雌株が対になって参道に植栽されることが多い。

写真8:イチイガシ(ブナ科)。東海以西の照葉樹林で優占種になるが、神社に植栽されることもある。

写真9:スダジイ(ブナ科)。写真は東京都羽村市阿蘇神社のスダジイで、平将門を討った藤原秀郷が植樹したという伝説がある。

写真10:クスノキ(クスノキ科)。西日本で神木とされることが多い。クスノキは中国原産とする説もあるが、日本のクスノキは固有の遺伝的地域性を保有しており、外来種や史前帰化植物ではないという研究結果がある。

写真11:ボダイジュ(シナノキ科)。釈迦ゆかりの樹木として寺院に植栽されるが、神社にある場合もある。神仏習合の名残と思われる。尚、釈迦が悟りを開いたとされるのはインドボダイジュ(クワ科)である。インドボダイジュは熱帯原産で日本では育たないため、葉が似ているシナノキ科の本種が代用として寺院に植栽される。

写真12:タラヨウ(モチノキ科)。葉に傷をつけると字が浮かぶため、葉書の語源になったともいわれる。多羅葉の名は、古くインドで経文を書写したヤシ科の多羅樹に例えたもの。写真は東京都あきる野市廣徳寺のタラヨウで、寺院に植栽されることが多い。

 

【7.明治神宮の社叢】

 明治神宮境内の約70万平方メートルの社叢は、全国から奉献された約10万本の献木を植栽して作った人工林である。

 明治神宮は1920年(大正9年)、明治天皇と皇后・昭憲皇太后を御祭神として創建された。明治神宮ができる前の当地一帯は皇室所有の南豊島御料地といい、現在の御苑一帯を除いて殆どが畑で、荒れ地のような景観が続いていた。古来、神社は荘厳で静寂な森に囲まれて鎮座してきたことから、造営する明治神宮にもそのような森を必要とした。そして、人の手を殆どかけず、天然更新によって永続する「永遠の杜」を目指して、日本初の林学博士である本多静六が中心となって設計した。

 造営当時の代々木周辺では工場が建ち並び始めていて大気環境が悪化しており、大木や老木は次々と枯れていた。本多静六たちは、この場所の気候や土地の条件に合い、煙害にも強いシイ・カシ・クスノキなどの常緑広葉樹を将来的な主林木となるように植えることを計画した。しかし、当時の内閣総理大臣・大隈重信は、荘厳さと静寂さを醸し出すために伊勢神宮や日光東照宮のようなスギ林とすることを望んだ。本多静六たちは断固として大隈重信の意見に反対し、スギは谷間の水気が多いところでは育つが、乾燥した代々木の地では不向きであること、煙害に弱いことから、都会に適さないことを林学の見地から説明して大隈重信を納得させ、本多の案が受け入れられた。

 計画ではシイ・カシ・クスノキなどの常緑広葉樹を主林木と決定したが、域内には御料地時代からの樹木があり、また多種にわたる献木を配置するため、直ちに全域を常緑広葉樹にすることはできなかった。献木で特に多かったのは、イヌツゲ・クロマツ・クスノキ・サカキ・カシ類・ヒノキ・ヒサカキ・アカマツ・スギ・ツツジ類・スダジイ・サワラ・ケヤキであった。創建時に主木とされたのは、御料地時代からのアカマツ・クロマツであり、アカマツ・クロマツよりもやや低い層にヒノキ・サワラ・スギ・モミなどのやや低い針葉樹を交え、さらに下層に将来主林木になるシイ・カシ・クスノキなどの常緑広葉樹、最下層に常緑小高木と灌木を植栽した。

 創建から100年以上が経った現在では遷移の進行により針葉樹は衰退し、シイ・カシ・クスノキを中心とした照葉樹林になっている。さらに、造成時に植栽した樹種に加えて、後から侵入した種も加わって林を形成している。

写真13:明治神宮の林相。クスノキ・カシ類(シラカシ・アラカシ・イチイガシ・アカガシなど)・スダジイを中心とした照葉樹林である。

 

【8. ハナガガシの生育地を訪ねて感じたこと】

 社寺林が生物多様性や希少種保全の役割を果たしている事例もある。

 私は過去に、環境省レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されているハナガガシを観察しに高知県を訪ねたことがあった。ハナガガシは宮崎県を中心とした九州中南部と、四国南部に分布する。宮崎県中南部の低山では比較的多いものの、それ以外の地域では少なく、生育地の殆どは社寺林であるそうだ。四国では2018年に初めて、社寺林以外での明らかな自生地が発見されたばかりである。

 私が訪ねたのは、高知県土佐市の2箇所の社叢と2018年に発見された自生地である。土佐市甲原の松尾八幡宮のハナガガシ群生は、市指定天然記念物となっている。自生地は須崎市上分の標高約140~400mの地域で、スギ人工林内の急斜面に成木・若木・萌芽個体などが計100本以上生育していた。薄暗いスギ林の中でも若木が育っていたことを考えると、ハナガガシは極相林を構成する陰樹で、この地域の潜在自然植生なのかもしれない。土佐市の社叢周辺では、低山帯の斜面に柑橘畑が多く見られた。ハナガガシはカシ類としては最も生育標高が低いと書かれた文献もあるので、人為的影響を強く受けたものと思われる。自生環境が宅地・農地・人工林などに転換されて減少し、今日では社叢のような禁伐地に僅かに残るだけになったのかもしれない。社寺林が全くの手つかずの森ではないにしても、潜在自然植生や希少種を保存する場所として、存在意義は大きいと思った。

写真14:高知県土佐市北地・闇谷神社のハナガガシ。高知県立牧野植物園は2001~2002年頃に調査・確認している。人里の中にある小さな神社だが、希少種の存在が知られたのは随分最近のことのようだ。

 

<参考資料>

・宮脇昭 いのちを守るドングリの森 集英社 2005年1月

・鳴海邦匡・小林茂 近世以降の神社林の景観変化 歴史地理学 48-1(227)1~17 2006年1月

・渡辺弘之 神仏の森は消えるのか -社叢学の新展開- ナカニシヤ出版 2019年7月

・和秀俊 縄文から息づく日本の地域福祉の源流 -岡本太郎が発見した「日本的なもの」から辿る- 田園調布学園大学紀要 第14号 2019年度

・地球の歩き方編集室 40 御朱印でめぐる関東の寺社 聖地編 週末開運さんぽ 地球の歩き方 2024年

・深田伊佐夫 社寺林に関する研究-Ⅰ -明治神宮の森林造成について-

・鎮守の森プロジェクト 未来を見据えた森づくり 本多静六に学ぶ