2020年7月20日掲載

2023年7月30日改訂・再掲載

 

 太平洋型ブナ林では、日本海型ブナ林に比べ更新が不順であるといわれています。本項では、太平洋型ブナ林・日本海型ブナ林の違いや、太平洋型ブナ林で後継樹が少ない理由などをまとめたいと思います。

 

【日本海側のブナと太平洋側のブナの違い】

①植生の違い

 ブナは日本海側の多雪地帯では純林をつくるが、太平洋側ではイヌブナ・ミズナラ・カエデ類などとの混交林となる。日本のブナ林は林床にササ類が繁茂する(ササ型林床)ことが多く、太平洋側ではミヤコザサ・スズタケ、日本海側ではチシマザサ・チマキザサが生える。

写真1:東京都三頭山のブナ林(太平洋型ブナ林)。東京都では奥多摩町日原川流域の標高1000~1700mにかけての山腹一帯と三頭山(標高1531m)山頂付近に、ブナ-ツクバネウツギ群集が分布する。三頭山のブナ林は、林床にササを欠く特異なブナ林である。

写真2:群馬県玉原高原のブナ林(日本海型ブナ林)。玉原高原にはイヌブナは分布しない。

関東地方では、群馬県野反湖付近~日光白根山周辺を結ぶ線より北側(谷川連峰、利根川源流域、尾瀬周辺、武尊山周辺などの山腹)、栃木県北西部(奥鬼怒~五十里湖~那須火山頂上部)に日本海型ブナ林(ブナ-チシマザサ群集)が分布する。

②見た目の違い

 日本海側のブナは葉が大形で薄いが、太平洋側のものは小形で厚みがある。北海道・本州日本海側多雪地帯に分布する葉が大形のものをオオバブナvar.grandifolia)、宮城県金華山以南の太平洋側に分布する葉が小形ものをコハブナ(var.undulata)と区別することがある。日本海側のブナは幹が真っ直ぐに伸びてあまり枝分かれしないが、太平洋側のものはよく枝分かれしてずんぐりとした樹形になることが多い。

写真3:群馬県玉原高原のブナ。葉は大形で、幹が真っ直ぐに伸びている。

写真4:雪国の斜面で見られる根曲がり現象。雪が斜面に沿って下に移動し、幹が斜面下方に引きずられ続けることで根元が曲がる(新潟県湯沢高原にて撮影)。

写真5:神奈川県箱根町三国山のブナ。葉は小形で、低い所からよく枝分かれしている。

 

【ブナとササの関係】

 ササ型林床では、太陽光を100%としたときに地表面の明るさはその1%程度まで低下する。そのため、ササが繁茂する場所ではブナ稚樹の枯死率が高くなる。ササ型林床でブナが更新するためには、数十年に1回のササの一斉枯死とその場所での林冠ギャップ形成が必要な条件と考えられている。ササが枯死するとブナ実生の生存率が大幅に高まり、一斉枯死したササ群落は元に戻るまで20年前後かかる。ブナの寿命は200300年と長いため、長期的に見た場合に、ササの一斉枯死と林冠ギャップ形成が重なる稀な更新機会が生じる可能性がある。

写真6:アズマネザサが繁茂する茨城県筑波山のブナ林

写真7:ブナの稚樹(群馬県みなかみ町一ノ倉沢にて撮影)。陰樹で耐陰性は比較的高い。成木の根元に沢山の稚樹が育っていた。

 

【太平洋型ブナ林では何故、実生や若木が少ないのか?】 

①ブナと雪の関係

A:種子の乾燥や凍結を防ぐ

 ブナの種子は、冬の乾燥した季節風や低温に直接さらされると、乾燥や凍結によって死んでしまう。積雪はブナの種子の乾燥や凍結を防ぐ効果があり、多雪地域では種子が雪に覆われて十分な水分の中で春を迎えるため、発芽できる可能性が高い。太平洋型ブナ林では積雪が少ないことや降雪時期が遅いことが、冬季季節風による種子の乾燥死や凍結死を促進している可能性がある。

B:種子や実生が動物に食べられるのを防ぐ

 種子が雪に覆い隠れることによって、ネズミに食べられるのを防ぐ。また、積雪が50cmを超えるとシカが行動しにくくなるため、雪はシカがブナの実生を食べてしまうのを防ぐ。

C:山火事の防止

 ブナ帯では、攪乱の起きる場所では先駆種であるミズナラが優占する。雪が多いと山火事が少ないため、極相種のブナにとって競争相手となるミズナラの侵入が少なくなる。

 以上のA~Cより、太平洋型ブナ林では積雪が少ないことがブナの繁殖に不利に働いている可能性がある。

②太平洋側のブナは、小氷期のレリック(生き残り)

 太平洋側のブナは、現在から200~300年前(江戸時代)の小氷期と呼ばれる寒冷・湿潤な時期に生まれた。この時代は現在(明治時代以降)よりも気温が3~5℃程低く、湿潤・多雪な気候を好むブナの生育に適していた。太平洋側の地域に現存しているブナは、小氷期に発芽したものが大径木化したもので、その後の気候変動による乾燥化によってブナの更新が阻まれているという説がある。

③種子の稔性が低い

 太平洋側ブナ林では、シイナや虫害種子の割合が高い。ブナ種子の稔性の低さの原因として、受粉の不成功が考えられる。

 ブナは風媒花であるが、ブナの花粉はブナ科の中では例外的に大きく、花粉が風に乗って散るのではなく気流に流されるように斜めに落ちていく。また、花粉の飛散距離は母樹から半径10m以内が多くなっている。以上のようなことから、太平洋型ブナ林では日本海型ブナ林と比較してブナの林冠木の相対的な少なさや、飛びにくいブナの花粉を遮る他の高木性樹種の林冠木の存在などが考えられる。日本海型ブナ林でも、ブナの優占度が低いと稔性が落ちるという報告がある。ヨーロッパブナでも、広くて密度の高い林分ほど種子の充実率が高いことを述べている。

④捕食者飽和

 太平洋側ではブナの親木の個体数が少ないため、豊作年であっても森林全体の種子生産量が少なく、これによって捕食者からの充分なエスケープができていないことが考えられる。

写真8:ブナ・ヒメシャラが優占する天城山系のブナ林。ブナは幹径70cmほどの大木が多いが、稚樹は全く見られない。下層植生が殆どなく、落葉だけが広がる光景になっている。1990年代の天城山系は林床にスズタケが密生していたというが、現在はニホンジカの増加に伴う食害で面影すらなくなっている(※⑥)。ブナ実生も食べ尽くされているものと思われる。

 

【更新順調な太平洋型ブナ林も存在する】

 しかし、太平洋型ブナ林でも地域によっては更新が順調な例も存在する。後述の参考文献④によると、埼玉県秩父山地、山梨県松姫峠周辺ではブナの更新が順調であるという。


山梨県鶴寝山~大マテイ山のブナ林。松姫峠~大マテイ山にかけて、胸高直径5~10cmのブナ若木が多数見られる。しかし、林床に稚樹は殆ど見られなかった。

 

【奥多摩のブナ林が更新不順である理由を考える】

 2020年秋は三頭山のブナが豊作で、20215月には再訪した際には沢山の実生を見ることができた。ブナの実生は落葉が厚く堆積した場所で多く見られ、表土が露出した場所ではあまり見られなかった。どうやら、積雪が少なくても種子が落葉に被覆されて湿度が保たれれば発芽できるようである。しかし、発芽して数年目と思われる稚樹はごく僅かで、その殆どは数年以内に消滅しているようである。三頭山のブナ林は、林床にササがないという点ではブナの更新に好都合なはずである。しかし近年、東京の山間部ではシカの個体数が増加しており、三頭山もシカの食害によって下層植生が貧弱になっている。ブナの稚樹が少ないのは、シカの個体数増加が原因なのだろうか?

写真9:ブナの実生(2021年5月、三頭山にて撮影)。豊作年の翌春には沢山の実生が見られるが、その年の秋まで生き残るものはごく僅かである。

 三頭山の南西側斜面や鷹ノ巣山南側の浅間尾根は二次林になっており、そこでは胸高直径15cm前後のブナも多く見られた。胸高直径15cm未満のブナも存在するが、幹径が小さいものほど個体数は少ない。私が確認した中で、最も幹径が小さいブナは胸高直径3cmであった。ブナは成長が遅いため、胸高直径15cm前後の個体でも樹齢4050年は経っていると思われる。これらのブナが発芽した時代はササがないことに加えて、現代よりも積雪が多くシカも少ないなど、ブナの更新に好都合な条件が揃っていたのかもしれない。

写真10:三頭山南側のブナ林。大沢山西側斜面では、胸高直径15cm前後の若いブナが多数見られる。

 

【温暖化とブナ】

 地球表面の平均温度は、これまでの約100年間に0.85 ℃上昇した。今後100年間で、さらに0.3~4.8℃の上昇が予測されているが、日本のブナ林はどのように変化するのだろうか?

 森林総合研究所によると、現在の気候下でのブナの生育可能な地域(潜在生育域)の面積は約63000㎢であるが、2081~2100年には現在の約4割に縮小するという。地域別としては、本州の日本海側から東北や北海道南部では面積は縮小するものの各地に残存すると考えられる。しかし、西日本や本州太平洋側では潜在生育域の多くが山地の最上部を占めるため、そのほとんどが消失すると予測されている。

 

<参考文献>

①渡辺一夫 イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか-樹木の個性と生き残り 築地書館 2009年

②島野光司 何が太平洋型ブナ林におけるブナの更新をさまたげるのか? 植物地理・分類研究 1998年

③田中信行・松井哲哉・津山幾太郎・中尾勝洋 ブナ林を温暖化から守るための保護区の見直し 森林総合研究所 第3期中期計画成果集

④岡田真次・近藤博史・磯谷達宏 山梨県松姫峠付近における太平洋型ブナ林の立地と更新 国士舘大学地理学報告No.27 2019

⑤蒔田明史 多様で気長な森の世界 ~見えない森の動きを観よう!~ 白神山地ビジターセンターだより NO.23 2013.春の号

⑥福嶋司 日本のすごい森を歩こう 二見書房 2017年