先日の「クリスマス休暇モード
」という題名の書き込みの内容を一部訂正します。
この記事では「カトマンズに「国連のブータン難民センター」があった」と書きましたが、私の記憶違いでした。
当時の記録を調べたところ、正確には「西南アジア諸国連合」の建物でした。
90年代前半(大昔の話で恐縮です)に、私が、あるミニコミ誌を主催していたころに書いた文章が出てきたので、それをそのまま以下に引用します。
ーーーーー引用ここからーーーー
カトマンズの王宮付近・通称タメル地区に、見慣れない国旗を5、6旗掲げた立派なビルがあった。国連の施設かなと思って近寄ると、西南アジア諸国連合という看板。インド、ネパール、スリランカ、バングラディッシュ、パキスタンが加盟しているらしい。
その門柱一面には、なぜかブータン政府への抗議文が張ってあった。民主化運動の弾圧を激しく非難し、王政の廃止・政党政治の実現・普通選挙の実施・国会の開設などを訴えていた。
ここだけではない。国立競技場近くの高級スーパーマーケットには、ブータン難民救済チャリティー・パーティーのお知らせが張ってあった。
ブータンといえば、自国の文化を守るため鎖国的な政策を取っている国。最近では国王の鶴の一声で国民がTシャツ・Gパンを脱ぎ捨て、民族衣装が復活しているという。
冒険旅行の好きな人間にとっては、最後の桃源郷というイメージがあり、憧れの的。そのブータンから大量の難民がネパールに流れ込んでいる。
後日、その難民達の言い分が「アエラ」に載っているのを偶然見つけた。
ブータン南部にはネパール系住民が多く住み、最近影響力を強くしている。当局はそのネパール系住民に文化的な脅威を感じ、有形無形の圧力をかけて追い出しを図っていると言う。
特に難民問題に興味があるわけではないし、難民に会ったわけでもない。でも、今まで神秘のベールに隠されていた遠くの国が、急に身近に感じられるようになった。
ブータンの人と世間話をしてみたい。
ーーーー引用ここまでーーーー