♪通りゃんせ 通りゃんせ

 

今ではすっかり珍しくなった青信号を告げるメロディが流れ始めると、巨大なスクランブル交差点にどっと人が流れ込む。

人波に押されるように交差点を進みながら、何とはなしに最近読んだばかりの「通りゃんせ」についての少し怖い考察を思い出す。

 

♪行きはよいよい 帰りはこわい

 怖いながらも

 通りゃんせ 通りゃんせ

 

なんでも通りゃんせに登場する天神様はお城の中にあって、そこは間諜が侵入するのは容易かったが出るのは難しかった、つまりは露見して捕らえられ、無事に帰ることが出来なかったなんて話が紹介されていた。

露見した間諜の末路なんてのは推して知るべし、拷問されても情報を漏らさず死ぬか、或いは拷問に耐え切れず情報を吐き出して死ぬか、それとも問答無用で闇に葬られるか。

とりあえず、そらこわいわな。くのいちとかだったらもうワンシーン追加もあるかもしれない、うんっ、あるな……

 

そういえば、横断歩道のメロディが鳥のさえずりに変わったのも、メロディでは横断歩道への進入時期の判断がし辛いからであるらしい。何回目か分からないリフレインをするメロディよりも鳴く間隔を変えることによって渡れるかどうかの余裕を判断できる鳥のおさえずり方式が主流になったのだそうだ。

確かに入ったはいいものの、唐突にメロディが終わってしまい立ち往生なんてことになったら一大事である。

 

スマホに気を取られるような不注意をしていたわけではないが、何気に危ない曲を使ってるよなあ等とぼけっと考えていたのが悪かったのかもしれない。

 

―― どんっ

と軽い衝撃があって、胸のあたりで「きゃっ」と驚いたような声がした。

 

下へ向けた視界の先で、誰かの艶やかな黒髪が揺れる。

ぶつかられた衝撃自体は痛いとも思わない程度の小さなものだったが、当たり所が悪かっとでもいうか、あっと思う間もなく重心を崩されて、踏み出そうとした足が空を掻いた。

(やべっ)

ぶつかってきてそのままタックルよろしく体に掴まってきた黒髪の主を放り投げる訳にもいかず、無意識のうちに抱え込んで、諸共仰向けにアスファルトへと倒れ込んだ。

 

ふわっと、黒髪の持ち主のものらしい甘い香りが鼻孔をくすぐって、ふっと世界が暗転した。