昨夜叩きつけるように雨音を立てていた春の嵐のせいで、折角の見ごろの桜は半分ほども散らされてしまっていた。

桜並木の下の河原の護岸にびっしりと早すぎる終わりを拒むかのように薄紅が張り付いている。

それもやがては消え失せ、今年もまた春は往くのだろう。

 

 ※

 

抑えきれないといった様子であげ始めた甘い吐息、

なぞるだけで薄紅色に火照りを残していく白く敏感な肌、

随分と積極的なことに君は無言で僕の上に跨ると、つんと澄ました乳首を持つ乳房を交互に大きく揺らし始める――

 

春の夜の夢、なのだろうか?

 

花見の席を抜け出した時、確かにお互い酔っていた。

ふと気づいたときには、遠くに花見の喧騒が聞こえる物陰で抱き合って、上向いた君の唇に唇を合わせて舌を貪りあっていた。

 

どのくらい情熱的なキスを続けていただろう?

唇をようやく離したが、君の濡れた瞳がもっと続けたいとせがんでいた。きっと僕の瞳もそう君に訴えていたんだろう。

もっと、もっと、狂おしい程君を欲しくなっていた。

 

春の夜の夢、なのだろうか?

そんな関係ではないはずだった。大事な同期、放り込まれた新たな環境で苦労を共にする同志だった。

でも――

その時目の前の君は、まるで咲き誇り見ごろを迎えた桜のように刹那的で、あまりにも女だった。

 

春の嵐が吹き始めた頃、最初に見つけたラブホに君を連れ込んだ。

 

 ※

 

目を覚ますと、君は既にいなかった。

書置きもなければ、グループラインに内緒のメッセージもなかった。

照れ臭かっただけかもしれないが、もしかして、昨夜のことはきっぱりなかったことにしたいのかもしれない。

 

ラブホを出ると、春の嵐の通り過ぎた河原の桜が無残にも見ごろを散らされていた。

ひょっとして、僕も君に同じようなことをしてしまったのだろうか?

少し足を止めて考えてみたが、当然のこと答えなど見つからない。

 

君が好きなのだろうか?

今他に付き合っている女性はいないし、君は仕事も出来ればルックスもスタイルもかなり評判の良い僕にはちょっともったいない女性だ。

だが、少なくとも昨夜酒宴が始まる前までは、今の関係性を壊してしまうような抑えきれない恋慕を抱いていたってこともない、と思う。

 

ふと、綺麗に花を散らしたばかりでなく、すっかり緑の葉を茂らせた葉桜が目に入った。

それはそれで、生命力を感じさせる緑がまばゆい。

 

「どうすっかな」

とりあえず、内緒のメッセージでも送ってみようか?

<すごく綺麗だった>

うん、ちょっとだけ昨夜の揺れるおっぱいを思い浮かべちゃったけど、まあそんなところか。

(…ああ、これはもう、好きになっちゃってるな)

仕事以外では積極的に使わないメッセージを送ろうだなんて、となんだか冷静に自己分析を完了する。

 

君も僕のことを好きになってくれていればいいんだが、と勝手なことを思う。

もうちょっとマシなメッセージはないかと考えつつ、僕は薄紅の夢の名残りが残る川辺の道を、すぐにやって来るだろう夏へと向けて歩き始めた。