ふと、目が合った。

賑やかなメインデッキのパーティー会場の外れ、ひとり退屈そうにデッキチェアーに腰かけている女性だった。
 
特に意識して視線を止めたわけではなかったのだけれど、どうも観察されていると思われたらしい。
盗み見たりするなということなのだろうか、きりっとした視線を向けられる。
 
苦笑して、視線を外す。
どうも、気が付くとショートカットの女性を目で追ってしまう悪癖がある。
 
(まあ、金も払わされてるんだし)
豪華クルーズ船での婚活パーティーに行こうと言い出した友人に引きずられるようにして連れてこられたのだった。
無理やり誘ったのだから金は払ってくれるのかと思ったら、結構な額をしっかりふんだくられた。
当人はというと、無理に誘った友人のことなどとっくに忘れて、船に乗り込むなり営業のノリで顔と名前の売り込みに勤しんでいる。
 
「失礼、少しお話しませんか?」
つかつかと、ショートカットの彼女に近づいて話しかけた。
うんざりとした態度から察するに、彼女もその気もないのに誰かにこの船に乗せられたのだろう。
 
「つまんないですよ、私」
拗ねたような言葉が返ってくる。意にそぐわない時間にいい加減イラつき始めているようだった。
まあ、拒絶はされなかったので、ひとまずよしとしよう。
 
「髪、似合ってますね」
目の前にしてみると、本当にショートがよく似合う女性だった。
 
「……ありがとう」
まあ、褒められて気を悪くする類の事でもなく、しぶしぶと言った風にではあったが答えが返ってくる。
 
(まあ、俺にしては上出来なのかな)
ほんの2時間の船旅だ。
ほんの2時間だけ、誰かを重ねているのだとしても許されるだろう。
 
(いい加減、忘れろよな)
この船に誘ってくれた友人はそう忠告してくれたし、まあ、いつまでくよくよしてるんだと自分でも思うのだけれど、忘れようとして忘れられるほど簡単でもないのだ。
 
「外、出てみましょうか、風が気持ちよさそうだ」
しばらく話をしてから、誘ってみる。
こくんとショートカットが揺れて、二人で船べりを歩くことを了承する。
 
「ほんとだ、気持ちいい」
さわっと海風がショートカットを揺すって、記憶の中の誰かではない、先ほどの拗ねたような声でもない、彼女の声がした。
 
「……ほんとだね」
僕の心の中にある自分でもうんざりな鬱屈を吹き払うかのように、彼女の中にあるであろう憂鬱を吹き払うかのように、海風が何度も何度も優しく吹き抜けていく。
 
しばらく言葉もなく、ふたり佇んだ。
 
「付き合ってみませんか?」
自分でも意外なことに、そんな言葉を口にする。
 
「つまんないですよ、私」
最初に聞いた言葉が繰り返されたが、その視線は随分と柔らかくなり、その言葉ははにかみを含んでいた。
 
 ※
 
「くそぉ、間違ってる。なんでこんなやる気のない奴に彼女が出来て、俺には連絡先さえ教えてくれない……」
まあその夜は、居酒屋で手ひどく惨敗を繰り返したらしい友人の愚痴に付き合わなければならなかったが、彼女を紹介してくれた手数料と思えば安いものだった。