「話があるんだ」
世間がGWで浮かれてる最中にどうかと思ったが、いつまでも先延ばしに出来る話でもない。
「……少し、待って」
外出から帰ってきたばかりの君は、キッチンのシンクで何やらしている。
「スズラン?」
何用だかイマイチ記憶にないグラスにたっぷりの水と細い緑の茎に清楚な白い小輪の連なり。
「ええ、ちょうど季節だから」
そういえば、GWになると、よくスズランを施設の子供たちや老人たちに贈ったってニュースが流れていた記憶がある。
君がいつも綺麗に維持しているダイニング、汚れ一つない白いサテンのカーテンと白いテーブルに、透明なグラスに水を張っただけのスズランの花がよく似合っている。
※
長い、長い、言い訳を始める。
「……すまない」
目の前の白い部屋の白いテーブルの清楚な花は眺めている分にはとても美しいが、それだけではもの足りなくなってしまったのだった。
どうしようもなく、身勝手な話だった。
君は、僕の話をずっと黙って聞いた。
終わった後で、何かに耐えるように目を瞑る。
「……そうなのね」
長い沈黙の後、目は閉じたまま、ぽつりと君の真っ赤な唇が割れると、ひどくしゃがれた声がした。
※
「私みたいって思ったでしょ?」
やがて、目が開き、君はスズランを見やると、そんなことを言った。
さきほどつい重ねてしまったこともあり、打算もなく素直にうなずく。
「ヨーロッパだと谷間の姫百合って言うんですって。なんか、ひっそりと一人で咲いてろって感じなのかしらね」
君は少し自嘲気味にネガティブな連想をしてから、続けた。
「……知ってたわよ」
懺悔するまでもなく僕の悪行はバレていたらしい。
「知ってる? こう見えて、スズランって毒を持ってるのよ」
ちん、と君がグラスを指ではじくと、波紋が水面を揺らせた。
「花とか根に強い毒があるんですって」
(いったい、何だって今そんな話を?)
「成分的には青酸カリよりも強い毒なんだって。前にスズランを活けてた水差しの水を飲んだ子供が死んじゃったりしたこともあるそうよ」
(何を言っている?)
「さっきまで根が付いてたの、この子」
再び、ちんとグラスが音を立てる。先ほどよりも、少し不気味に。
「……おい……」
(まさかそれで、僕を……)
「半端なところで根を切って、毒を吸い出してやろうかって思ったんだけど」
(マジか?)
「話してくれる気になったようだから、やめた」
ちゃんと根よりもずっと上で切り揃えたから大丈夫だと、薄く笑った。
「でも、許す気はないわ」
君はそう言い捨てて、立ちあがる。
君が、そのしなやかな指で何やらテーブルに転がすと、それはテーブルを滑ってスズランのグラスに当たるとカチンと音を立てた。
僕らの結婚指輪の片割れだった。
「谷間の花にも矜持はあるの」
参ったことに、それは、ちょっと惚れ直しちゃいそうな、なかなかに凛々しい花姿だった。
まあ、今更気づいても遅いのだけど。
いや、遅いってことはないのか?
そうして、GWに浮かれる世間をしり目に、君は一人部屋を出て行った。
※
取り残された部屋の中、チン、と君のようにスズランのグラスを指で弾いてみる。
君の化身であるこのスズランが萎れてしまうまでに、どうにか君を取り戻そうなどと、またもや身勝手なことを考えながら。