「くそったれ、また外れだ」
マークは腕のいい船外活動員なのだが、少々口が悪い。

通信機越しに聞こえてきたのは、標的が見当違いだったという報告が少々と、後は善良な常識人であるピートには聞くに堪えないような一連の罵りだった。
 

「まぁ、そんなに簡単にお宝には行き当たらないさ」
ピートが常識人らしく言わずもがなことを言う。
 

「何だと、誰のせいでこんな無駄なことに首を突っ込んだのか分かってんのか」
即座にマークの怒鳴り声が返ってくる。
 

「分かった、分かった。今日の分のビールはお前さんに譲ってやるから、そう喚きなさんな」
ビールは貴重品だったが、一日中面倒な作業をこなしたマークに進呈することにする。

何せ、まだ捜索すべきエリアは随分と残っていて、まだまだマークには頑張ってもらわないといけなかった。
 

「後からさっきのは無しなんて言うなよ」
酒を何より愛する船乗りであるマークは、ピートの気前の良い約束に当然のように機嫌を直した。
 

「今日は終わりにしよう。迎えに行くよ」
ちょうどコンピュータにマークからの情報の入力が終了したことを知らせるアラームが鳴った。ピートはそう告げるとアイドリング状態だった愛機である宇宙船の推力をゆっくりと上げた。

 

 ※

 

「どうだ?」
両手に持った二本の缶ビールを嬉しそうにかわるがわる傾けながら、マークがピートに尋ねた。

わざわざ缶ビールを飲むためだけに、先ほどから人工重力を張っている。

停泊中の小型船がこれをやると実に燃費の悪いことになるのだが、上手い酒を飲むためならマークにとってはそんなことは何の障害でもなかった。
 

「うーん、そんなに遠くはないはずなんだが」
ピートはスクリーンに航海チャートを呼び出して計算の最中だった。
 

「お前の情報、本当にあてになるんだろうな」
今更ながらの質問をマークがする。
 

「確かだが、何せ地上からの観測データだからな」

ピートは今一つ歯切れ悪い答えを返す。

エンジェル・リングが完成をみてから――当時立ち上がったばかりの世界政府がそれ以上の人口減少を望まず、軌道エレヴェーターを封鎖してしまった時点ということだが――ちょうど100年程が過ぎた頃、少し大きめの彗星が地球軌道と交差して、その尾がリングの一部を掠めた。
 

それまで、ほとんど無傷だったリングの一部が直撃を受けて大きく乱れてしまい、当初の軌道を維持出来なくなった個体がデブリと化して更に傷口を拡げた。

 

当時、未だ地球は牙を剥いてくる自然との格闘の真っ最中であり、宇宙に出かける余裕などなかったから、騒ぎにはなったが誰にもどうすることも出来なかった。
 

そしてその中に、ピートの何代か前の直系の先祖であるアイザック・クレイトンも含

まれていた。

正確にはその可能性があるかもしれないという状況だったが、なにせ一族の英雄のことクレイトン家としては見過ごす訳にもいかず、地上から手をつくせる限りの観測を行って、やがて来る回収の日の為に残したのである。
 

「まあ、まだ日はある。気楽にやるさ」
ビールを持った手でピートの背を叩きつつマークが言った。マークは酒を飲んでいる間はとにかく機嫌がよかった。
 

五月蝿く詰め寄られるよりは遥かにマシだったので、ピートは頷いてそのまま航海チャートに没頭することにした。

 

 ※

 

宇宙を漂う過去の漂流者の解凍に成功したのは、彗星の尾が接触してから更に200年程が過ぎた頃だった。
環境の回復と、ようやくそれらしい機構を整えた世界政府の施策の元、人類は再び宇宙を探検し始めていた。

 

当然のことながら、リングにその身を捧げた者達を早急に蘇らせるべきだとの声があがって、何体かの漂流者が回収され、解凍が試みられることとなった。
 

結果、半年に渡る試行錯誤の末、半数が無事に蘇生し、半数が二度と目覚めることのない眠りへとついた。

立体TVが逐次情報を流し、世間は沸き立ったが、蘇生した者達がインタビューに答えることは遂になかった。

長期間の冷凍から呼び覚まされた組織は損傷が激しく、誰一人として集中治療室から出ることは叶わなかったのだ。
 

現在の技術では完全なる蘇生は無理であるとの結論がだされ、世間を落胆させると共に、全漂流者の蘇生とその後の社会復帰プログラムにかかる費用試算の余りの巨額さに恐れをなしていた財務省を一安心させた。
過去の漂流者達は、更に未来へと旅を続けることとなった。

 

 ※

 

それから更に200年余りが経過し、マークとピートの生きる時代になると人類は更に遠くまでその手を伸ばすようになり、木星系の資源開発を成功させたことでかなりの余力を持つようになっていた。
 

そろそろ、漂流者達の未来についてケリをつける時期ではないのか――そう考える人々が現れて、新たな解凍法の研究を始めとする活動を開始していた。
 

ただ、幾ら余力が生じたとはいえ40億体にものぼる漂流者達の蘇生はいかにも大事業であり、それを始めるには世界政府の強力な意思が必要で、その為には世論の後押しが必要不可欠だった。
 

そこで、考え出されたのが、エンジェル・リングの発案者であり、最初のひとりであるアイザック・クレイトンの蘇生で、彼の生の声で彼の後につき従った人々の蘇生が必要であると呼びかけることだった。

 

だが、そこで問題が生じた。
アイザック・クレイトンがいるべきはずの場所にいなかったのだ。過去の記録が呼び出され、彗星との接触に巻き込まれたことが判明した。
密かに多額の懸賞金が用意され、アイザック・クレイトンの捜索が始まった。何らかの衝撃を受けた以上、無事であるとは考え辛かったが、たとえ遺体であれ、それが訴えかける影響力は計り知れないものがあるはずだった。

 

ピート・クレイトンに祖先に対する敬慕がない訳ではなかったが、彼をして宇宙の宝探しに参加させたのは主として莫大な懸賞金がその理由だった。

マークと細々と続けている資源探査の事業を拡大することがピートの積年の夢であり、提示されている懸賞金はその夢を叶えるのに十分な巨額だった。
 

そして、ピートにはクレイトン家に伝わるデータがあって、思惑通りにいけばそれほどの手間をかけるまでもなく、自らの遠い祖先であるアイザックとの対面を果たせるはずだった。


 ※

 

「やったぜ、神様」
予定していた残り日数にそろそろ余裕がなくなってきたある日、既に何百体もの漂流者達の身元を確認し続けていたマークが遂に当たりを引いた。
 

「マーク?」
通信機から漏れてきたマークの歓声が、アイザックの行方について未だたどり着いていない可能性を探っていたピートに届いた。
 

「認識番号ノーマークの0000001」
歌うようなマークの声が返ってくる。それは、まさしくアイザックの宇宙服に刻まれている数字に相違なかった。

 

アイザックが識別の為に打った数字は100万のオーダーであり、彼にすれば自分の後にあれ程の人数が続くなどと予想できるはずもなかったから、それでも希望を込めた数字だった。

100万を突破した後の人々には、それぞれ100万の数字の他に様々な宗教の神々の名前が記されている。
 

「間違いないんだな? 本当に見つけたんだな……」
「おう、間違いないぜ。この俺様が何度確認したと思っていやがる。ちきしょう、やったぜ相棒!」
マークが酒も飲んでいないのにとびきり上機嫌な声をあげた。
 

「やっぱりお前は最高だ、マーク」
見つけられるとは思っていた。思ってはいたが、ここに来て宇宙の広さを改めて思い知らされた後で、発見の喜びは格別だった。
ピートは自分達の未来と、遥かな時を超えて待ってくれていた偉大なる先祖に胸のうちで祝杯を上げた。

 

「それで、状態はどうだ?」
ひとしきり浮かれた後で、ようやくいつもの冷静さを取り戻してピートが尋ねた。

折角、邂逅を果たしたのだから、出来ることなら無事でいて貰いたかった。
 

「それがな、外から見る限り損傷は見当たらない。お前のご先祖、たいした幸運の持ち主だぜ。お陰で俺達もお裾分けに……」
不意にマークの声が途切れた。

どこか損傷を発見したのだろうか?
 

「どうした?」
しかし、ピートの呼びかけにマークはしばらく返事を返さなかった。

 

 ※

 

「今から映像を送る」
1分余りも通信が途切れた後、唐突にマークの声がそう告げて、モニターにマークの宇宙服のカメラから送られてくる映像が映し出される。
 

この何日間か見慣れたひどくシンプルな宇宙服の全身像が写り、画面がぶれるとその左腕辺りがズームされた。
 

「どういうこと……」
言いかけて、ピートはマークが自分に見せたがっているものに気づいた。それは、あまり上手とはいえない一連の文字だった。

 

「見えたか?」
マークが長い付き合いの中で初めて聞く様な真摯な声で聞いてきた。
 

「ああ……」
「悔しいが、お前のご先祖様は立派な人間だったらしい」
「そうだな……」
ピートにも異存はなかった。
 

「このままにしておくべきだと思う」
マークはいい奴だった。そんなことはとうに承知していたが、改めて思い知らされる。
 

「いいのか?」
懸賞金をせしめて、最新の宇宙船と探査機器を揃えるのは、ピートと同じくらいマークの夢でもあった。

それをすっぱり諦めるという。
 

「こんなもん見せられて、自分達だけ金儲けなんか出来るかよ」
怒った声だった。
「ありがとう」
他に何も思いつかなくて、ピートはそう答えた。
 

「軌道計算はしておけよ、おまえん家の家宝にしとけ」
「ああ……」
「じゃ、迎えにこい」

 

 ※

 

つまるところは良心の呵責なのだった。
実際には40億などという途方もないオーダーをこなすことなど不可能に近い。

誰も認めたりはしないが、リングを形成する全ての過去からの漂流者を救助することなど出来るはずもなかった。精々が、選び出された何千体かを現在に呼び覚ますのが関の山である。

それでも、そうする姿勢をみせれば人々は納得し、生まれたときから背負わされてきた重荷を少しなりとも下ろすことが出来る。
 

だが――

 

「まったくたいした男だよ」
最大の倍率をかけても既に光点にしか過ぎなくなったアイザック・クレイトンを呆けたようにピートが見ていると、船外作業服を脱いでノーマルスーツ姿になったマークが操縦室に入ってきた。
 

「まぁ、いいじゃないか。俺達は俺達でやるべきことをやろうや。お前のご先祖の宝探しは終わりだ。今度はアステロイドで正真正銘のお宝をぶち当てて見せるさ」
ピートが無言でいると、マークがそう言ってその肩をはたいた。
 

「そうだな、一発当てないとな」
折角の気遣いに空元気で応える。
 

「ほれ」
後ろから手が伸びてきて、冷たいものが頬に当てられた。いつの間にか人工重力がセットされている。
 

「まぁ、一杯飲みながら送ろうや」
そう言ってマークは自分の分のビールを開けた。
 

「乾杯! お前の偉大なるご先祖に」
察するに、酒を飲みながら送ることこそがマークにとっての最大の敬意の払い方らしい。
 

「乾杯! いつの日か目覚める時の来ることを祈って」
まあ、偶にはマークの流儀に付き合うのもいいだろうと素直に思い、ピートは去り行く先祖に敬意を表してビールを掲げた。

 

 ※

 

それは非常に小さな無数の欠片からなる地球を取り巻く長大なリングで、見た目には土星の輪ほどには美しくはなかったが、自然の奇跡であるそれに比べても人類にとってはより奇跡的な存在だった。

 

その中の欠片のひとつの左腕には、あまり上手とはいえない文字で文章が刻まれている。

 

 我、眠りにつく、最初の一人たらん
 我、目覚めを迎える、最後の一人たらん

 

偉大なる最初一人は、今も遥かな高みから地上を見下ろしながら待ち続けている。いつかその時が来て、最後の一人となるその日を夢みながら。