♪ 冷たい雨にうたれて 街をさまよったの
    もう許してくれたって いい頃だと思った

 

「出て行け!」
あの人は顔を背けたまま私を見ることもなくそう吐き捨てた。
その怒りが濃い瘴気のように纏わりついてきて、私は何も言えないまま部屋を出た。
 

あまりの衝撃に打ちひしがれ、うなだれ彷徨い歩く私に、追い討ちをかけるかのようにいつしか雨が降り始める。

それほど強い雨脚ではなかったが、季節の変わり目の雨は冷たく、すぐに私の身体をずんずんと冷やし、心を凍てつかせた。
暖かい部屋に、二人の部屋に帰りたかった……

 

  ♪ 部屋に戻ってドアを開けたら
    あなたの靴と……

 

おそるおそるドアを開ける。
そこには、いつもあの人が履いている靴と、そして、見慣れない赤いヒールがきちんと揃えられて置かれていた。

 

「信じられない」
私は茫然と呟き、その場に崩れ伏した。やはり、夢などではなかった――

 

  ♪ だけど信じられない 突然のできごとが
    こんな気持ちのままじゃ どこにもいけやしない

 

「あっ、帰った?」
ドアが開いたのに気づいたのかあの人が玄関へ出てきた。

 

――バシッ
もう、我慢の限界だった。私は、ありったけの力を篭めた平手打ちを喰らわせた。
 

「きゃぁっ!」
踏ん張ろうとして、まだまだ慣れないのかスカートである事を失念したあの人は、足を開こうとして失敗し無様にひっくり返った。
 

「……ひどいよ」
頬を押さえると、女々しく泣きはじめる。

どうやら、姿によって人格も変るらしい。そこには、あの人の性癖を否定したときに烈火のごとく怒り狂った雄々しさは微塵も残っていなかった。

 

「馬鹿!」
私は、言い捨てて部屋を出た。
昨日まであんなに男らしかった彼、あんなに凛々しかった態度――それを全部捨ててしまうなんて……

そりゃ、多様性が尊重される世の中、私だって他人の嗜好に文句なんかつけたくはない。

 

だけど、

―― もう女装趣味を隠しておけない、って
―― 別に男が好きな訳じゃない、って
―― 変らずにいよう、って

いきなりカミングアウトされて「はい、そうですか」なんて思えるか!

 

ふざけるな!

 

冷たい雨の中、濡れながら泣きながら歩き始めると、窓が開いてあの人が顔を出した。

(負けてるじゃん……私……)

頬を紅く染めた私の知らない美人は、悔しいことにおそろしく綺麗だった。

 

 

♪冷たい雨 作詞作曲/荒井由実