初夏、照りつける日差しが夏の激しさを帯びてきた頃、私は彼と出会った。
友達が男友達に頼まれたというので、人数合わせに付き合っただけの合コンだった。適当に切り上げてさっさと帰ろう、と思っていた。

 

だが、そこには彼がいた。

―― ワタシハ コノヒトヲ スキニナル

 

特に目を引くような容姿ではなかった。背も高くない。

だがすぐに、その話す低い声も、こちらを見る優しげな瞳も、照れると鼻をかく仕草も、何もかもから目が離せなくなった。
「夕子さんは、彼氏いるの」
一次会が終わり、店を出ようとする私を彼がそっと引き寄せた。
「……いないよ」
心臓がせりあがってきて大きな音を鳴らしていた。
「好きになっちゃったみたいなんだ」
彼の言葉は本当のように思えた。
「私もよ」
掠れる声で私が答えると、彼の腕が伸びて私の腰を抱くと優しく引き寄せた。

 

赤い糸などというものがあるのなら、その日、私たちの小指にはしっかりとそれが巻きつけられお互いに引き寄せ合っていたのだろう。
何も言わずに二次会に向かう皆の輪から抜け出した。
腕を組んであてもなく街を歩く。川辺りの公園のベンチに座って星を眺めていると、彼の手が私を抱き寄せて、あっという間もなく唇が重なっていた。すぐに愛情の強さを試すかのように激しくお互いを貪りあった。

 

「君が欲しい」
耳元にそう声がした。
だけど、最初の日から肉体関係になるのは躊躇われた。私が、そう言うと、彼は分かったといって、それ以上強要はしなかった。

私の中の幾らかは不満の声をあげたが、残りのほとんどは彼が執着しなかったことに密かに安堵した。

 

家に帰ると、玄関の常夜灯に照らされてサルスベリの花が開きかけているのに気づいた。

3メートルほどの木の私の顔の辺りから上で、幾つも赤い花が夜を彩っている。
出掛けにはまるで気づかなかったので、私の浮き立つ心に触発されたのかも知れない。

立ち止まって花を見上げながら、幸せな気分でそう思った。


 ※

 

それは、幸せな夏だった。
時間さえあればメールのやり取りを交わしているというのに、彼と会うことの出来る週末がただただ待ち遠しかった。
 

出会ってから、2度目のデートで私たちはひとつになった。

彼も私も初めてと言うわけではなかったが、これまでに感じたどんな瞬間よりもそれは素晴らしかった。私たちはお互いを狂ったように求めあった。
彼の車で、海へ、山へ、街へ出かけた。これまで訪れたことのある場所でさえ、彼といるとまるで違う場所のように輝いていた。
家に帰ると、いつも満開の花を咲かせたサルスベリが私を迎えてくれた。私の心を映すかのようにその花は誇らしげに見えた。


 

 

 ※

 

だけど、幸せな夏はいつかは終わる。
彼の仕事が忙しくなって、会えない日が続いた。イライラしながら私の打ったメールは最悪の内容で、返ってきた彼のメールはさらに酷いものだった。
季節はゆっくりと移りつつあって、暦が9月を迎える頃、ついに彼から一通のメールが届いた。

 

―― 別れよう

 

仕事から帰って玄関を開けようとしたとき着信が鳴った。慌ててスマホを取り出した私が目にしたのは、たったそれだけが書かれたメールだった。
信じられなかった。いきなり、何もかもを終わりにしようというのだろうか? 私は立ち止まったまま動けなくなった。

 

どれくらいそこにいたのだろう、色褪せた赤が、涙で滲むスマホの文字の上に落ちてきてそれを隠した。
サルスベリの花だった。
見上げると、あんなに誇らしげに咲き誇っていた花はもう数えるほども残っていなかった。

残った花も色褪せて、今にも落ちそうに見える。

 

サルスベリ ―― 百日紅。
そう、百日たって私の恋は散るときを迎えたのだ。我慢できなくなって、私はしゃがみこんで泣き始めた。