左手には夏の陽光を弾いて煌めく群青の海、右手には毎日の猛暑に若干くたびれかけている山の緑。

いつか聴いた「岬めぐり」の歌詞のように、バスは岬を、海と山とに挟まれた時折車線が一つになってしまうような狭い道をひたすら走っていく。

 

 ※

 

「結構有名かも」

夕陽が綺麗なんだってな、と尋ねると他人事のように美咲は言って、

「とっても綺麗よ。岬の先の展望台からね海が視界一杯に拡がってるの、その海を沈んでく太陽がどんどん真っ赤に染めちゃうの、本当にあれだけは自慢」

やけにつっけんどんな態度を反省するように、そう付け加えた。

 

彼女の故郷は海に突き出た細長い岬の突端に近い場所で、小さな漁港と僅かばかりの段々畑の他には何もないところだといつも自嘲気味に語っていた。

「いつか、一緒に見れたらいいな」

そう言うと、美咲は困ったような顔をして簡単なはずの返事をしようとはしなかった。

 

 ※

 

「ごめんなさい」

別れは唐突で、驚くほどあっけなかった。たった一言だけメールが入っていて、気づいた時にはすっかり彼女は僕の前から消えてしまった後だった。

 

部屋は綺麗に引き払われ、勤めていた会社はしっかり引継ぎを終え、携帯は解約されていた。

僕だけが突然ひとり、彼女のいない世界に放り出された。

 

 ※

 

終点でバスを降りるとそこから岬の突端までは歩いてすぐで、切り立った断崖に見晴らしのよい展望台が整備されていた。

 

なるほどやはりここの夕陽は有名なのか、もうじき陽が暮れる時間にもかかわらず、バスの客の他にも車で来たらしいカップルや家族連れで賑わっている。

(……! ……何だ?……)

さて、どこか落ち着いて夕陽を眺めていられる場所がないかと視線を流していると、突然視界の端に何かがひっかかり、稲妻のように心臓を撃った。

 

慌てて視線を戻す。

(どこ? どこだ……)

ドクドクと心音がビートをあげていく。

 

(……やっぱり!)

そして、見つけた。

こちらには背を向けて座っているカップルの女性の方。

ちょっと離れていて顔は全然見えないし、最後に見たとき長かった髪はすっきりと肩口で揃えられているが間違うはずもない。

ずっと連絡すらつけようのなかった美咲を、僕は随分とあっけなく見つけだした。

 

 ※

 

話したいことも、話すべきこともたくさんあったはずだった。

 

(なぜ急にいなくなってしまったのか?)

(今、どこに居て何をしているのか?)

(もう一度やり直せないのか?)

(幸せなのか?)

 

幾らかの答えは彼女の友だちから無理矢理聞き出して知っていた。

母親が身体を壊して実家に帰らざるをえなかったのだと。

「どちらかなんて選べない」と毎日泣いていたのだと。

 

 ※

 

ふらふらと近寄りかけて、足を止める。

傍らの男性に話しかける横顔が見えた。

 

少し痩せただろうか?

いや、そんなことは問題じゃない。

話しかけるその横顔は穏やかな笑みを浮かべていた。いつかみたことのある幸せそうな美咲がそこにいた。

 

(なんだ……?)

その瞬間に感じた感情をどう言えばいいのか分からない。

穏やかに笑うよく知っている美咲を見つけた嬉しさと、彼女が微笑みかけている自分ではない誰かへの嫉妬と、決して彼女は不幸になった訳ではないのだという安心と、もう手の届かない場所にいるのだという落胆と。

 

 

 

 ※

 

空を染めて夕陽が沈む。

いつか美咲が言ったように、空だけで飽き足らず見渡す限りの海を夕陽が染めていく。

 

誰もが声を潜め、あまりに壮大な落日に目を奪われる。

もっとも僕だけは美咲の横顔を染める夕陽しか見ていなかったけども。

 

やがて、夕陽の赤が海へ消え行き、夜が辺りに満ち始める。

ざわざわと声が戻ってきて、人々が帰り仕度を始めた。

 

美咲が彼と手を繋いで通り過ぎていく。

呼び止めるべきなのか迷わなかったといえば嘘になるが、呼び止めて彼女の今を壊すような度胸はなかった。

 

だって、落ちてしまった夕陽がまた昇ろうなんてまったく無粋ではないか。

美咲の中で僕という陽はとっくに沈み、手を繋いでいる彼という朝日が昇ってしまっているのだから。

 

 ※

 

最終バスの時間まで展望台に残り飽きることもなく暗い海を見ていた。

 

いつか、誰かと一緒にここで沈む夕陽を見よう。

そして今度は朝日を見るまで一緒にいようと、埒もないことを思いながら。