時折何かを見ているように視線が上がったまま宙に止まることがある。

「何か見えるの?」

そう尋ねるのだが答えは帰ってこない。

しばらくすると、見たいものを見終えたのか見えていたものが見えなくなったのか視線は下がる。

「何が見えてたの?」

もう一度尋ねてみたがやはり答えはなく、既にその目は閉じられてしまい、彼女はゆっくりと船をこぎ始める。

 

 ※

 

何を考えているのか時折無性に知りたくなる。

もう随分と前からその視線に映ったところで既に誰であるのか忘れ去られているのだとしても、今自分がどう映っているのかを知りたくなる。

 

彼女が生きていることの意味を確かめたくなる。

 

 ※

 

目が覚めたのか、少し前に麻痺して一旦動かなくなった手が動き始める。

それはリハビリしてくれた療法士さんや病院のスタッフのおかげではあるのだけれど、動かしたいと思う心が残っているのだと少しばかり信じてみたくなる瞬間でもある。

 

ずっと頑なに縮こまっていた掌が開いて、延ばされた指が何かを探す。

幼児がするように掴めるものを探しては、意味もなく集め始める。

「おっ、凄いね」

というと少しだけ笑った……多分。

 

 ※

 

望みがあるのならば、出来得る限り叶えてやりたい。

が、それが何であるのかが分らない。

これから先、一度でいいからはっきりと家族のことを思い出すことがあるのかも分らない。

残された時間がどのくらいあるのか、それを生きているといえるのかどうかすらよくは分からない。

 

「ありがとう」

記憶の鍵が偶にガチャンと廻るのか彼女は時折感謝の言葉を投げかける。

こちらの動作に合わせる時もあれば見当違いなタイミングの時もある。

 

今のありがとうはいったいいつ誰に向かって言ったものなのだろう?

 

 ※

 

また視線が宙をじっと見つめた。

その手が何かを掴もうとするように伸びる。

 

何かを掴んだのか諦めたのか、やがてその手は降ろされて、何かを問う前に既にその目は閉じていた。

 

ふぅ、と少しばかりわざとらしいため息をついてみる。

聞こえればいいのに、と思いながら――