秋晴れの朝、日課のジョギングに出かけると、澄んだ大気を漂ってきた甘い香りが鼻をついて、僕の足を止めた。
きょろきょろと探してみると、少し先の民家の庭に金木犀のオレンジがすぐに見つかった。

 

束の間、そのオレンジと甘い匂いに時を遡る――

 

秋祭りも終わり閑散とした境内に他に人影はなかった。
鳥居の直ぐ傍の大きな金木犀の下、むせるような濃厚な香りに包まれながら、潤んだような君の瞳が見あげてきたのをはっきりと覚えている。

 

参道の奥まったところにある石造りの立派な鳥居には、いつの頃からか願がかけられるようになった。
恋する男女がふたりで同時に石を投げ上げ、それが鳥居の上に留まったなら、ふたりには幸せな未来が待っているのだという。
だが、もし、どちらか片方の石でも届かないか飛び越えてしまったなら、そのカップルはいずれよくない最後を迎えるとのことだった。

 

「大丈夫だよね」
自分からやってみようと言い出したくせに、君は不安で一杯のようだった。

 

「どうかなあ?」
鳥居は結構高く、一回で上手く投げ上げられる見込みは低いように思われたので、正直にそう答えた。

 

「大丈夫だよ」
君の目が猫のように細まって、きっとこちらを睨みつけた。

 

「多分ね……」
上手くいかなかったら不機嫌になるのは分かりきっていたが、やめようと言っても余計に怒らせるだけのようだったので、ごにょごにょと誤魔化しながら、仕方なく投げ上げる石を探すことにした。

 

折角のデートを楽しく過ごせるように心の中で神頼みをしながら、君とアイコンタクトでタイミングを取ると、同時に石を投げ上げた。

 

僕の投げ上げた石は、柔らかな放物線を描き、危うく零れかけながらも鳥居の上に留まった。

 

君の投げ上げた石は――
鳥居の上に一旦は乗ったものの、勢いを殺しきれずに弾かれ向こう側へと落ちてしまった。


 

 ※


 

すっかりしょげてしまった君から、なんで急に願掛けなんて思いついたのかを聞き出すのには苦労した。

 

「だってぇ……、もうすぐ離ればなれなんだよ」
高校生も最終学年を迎え、僕達はそれぞれ進むべき道を決めようとしていて、残念なことに君と僕の望む先は、それぞれ別の場所だった。

 

「気にすることないさ、迷信だ、迷信」
実際、僕は欠片も信じていなかったし、気にしてもいなかった。

 

「分かってるよ、でも……」
そう言うと、君は静かに泣き出して、僕を大いに慌てさせた。



 

 ※


 

あの時――

 

君の投げ上げた石は鳥居から落ちてしまったけれど、
君の投げ上げた意思は今もしっかりと鳥居の上に留まっている。

 

金木犀の匂いを嗅ぐと思い出す。
僕の意思もまた、今もあの鳥居の上にあるのだと。