僕はいろいろ生きづらいものを持ってる

ADHDもそうだし

軽い依存症もある

そのせいか生きる事自体が辛い事も多々ある

お酒に逃げたり

何も出来なくなったり

不安定な状況が日常的だ

だから

いつでも死んでも良いと思っている

痛みや苦しみが無ければそれで良いとか思って生きてる


そんな僕が

ある時お酒を飲んでいた

お酒にはそれなり強い

焼酎1本くらいなら問題なく飲める

そんな僕があるお店で少し飲んだら記憶が飛んだ

気づいた時は

駅のホームの下で駅員に保護されて

救急搬送されてた

もしかすると酒に何か入れられたのかもしれない

財布の金がかなり減っていたから…

それはともかく

ホームから転落した

記憶もなく意識もないけど

線路側はヤバいと思ったのか

ホームの下の安全な場所にしがみついていたらしい

両足は歩けない程の怪我しているのに意識が飛んでたから

生存本能だけで安全な場所に避難したんだろう


人の心と身体はある意味別物だ

心が病んでいても

身体は生きる為に

必死に活動し続ける

食えなくなっても餓死するまでに

水だけで最大2カ月持つと言われるのはそのためだ

生きる意思が無ければその期間は短くなるけど

それでも1〜2週間は持ってしまうのは

それだけ身体は生きよう足掻いているからだ


意思や意識は

生命進化の中で後発的な機能だとされてる

動こうと意識する前に動いている

0.5秒のタイムラグが意識と行動にはある

だから

行動に対して意識は後から乗って意味づけする

脳機能が高等になり

社会性が生存戦略となった時

行動の意味付けは大きな武器になる

ただし

その武器は諸刃の剣だ

意識や思考が行動を止める抑止する

拒食や過食

過労や睡眠障害

鬱やパニック障害やADHDの問題行動も

意識と身体の乖離が原因の一つだと思っている


身体はいつだって生きたがっている

それは年老いても同じだ

世の中

色んな事がある

他人から見たら大した事のない悩みや問題も

当人には行動抑止や暴走するほどの悩みや問題な事もいくらでもある

そんな時に

忠告もアドレスも出来ないけど

一つだけ実体験として言えるのは

その身体は生きたがっている

どんなに頭や心で死にたいと思っていても

その身体は足掻いて藻掻いて

生きようとしてる

それは忘れてはいけないんじゃないかなと

そう思っている