息子2人に続き、今回は私自身の振り返りをば。
2022年は、公私ともに変化の大きい1年だった。
不登校問題が勃発してから約半年後のタイミングで、このアメブロを始め。
数年ぶりに自分の鬱が再発し。
長男は高校に進学して。
2年と少し飼っていたハムスターが亡くなり、その少し前のタイミングでパグを迎え。
以前仕事を一緒にしていた人から誘われて、パートの兼業を始めるようになり。
岐路となる事柄が次々と続いた。
同時に去年は、不登校や子どもたちへの自分の見方が、少しずつ変わった年でもあった。
息子たちの診察で、菩薩先生が本人の成長や安定してる部分をしっかり指摘してくれたことで、私も少しずつ息子たちの力を信じられるようになった。
〜にならないように・〜は大丈夫なのかと心配になって、こちらから色々声をかけたり詮索することの無意味さ(何なら弊害)に遅まきながら気付き、根本的にはまだまだ過保護だけど、言動ではなるべく控えようと気をつけるようになった。
つまるところ、
子どもを自分の思うように誘導しよう・行動させようとしても結局無理で、子どもの成長のためにはむしろ有害
だということが、経験と重ねてきた失敗の末に、ようやく分かってきた。
例えば、起立性調節障害かつASD特性のある長男を、朝どれだけ頑張って起こしても(出席日数を持ち出しても数分おきにスヌーズよろしく声をかけても)本人が自分から起きてこなきゃ、どうやっても起床・登校することは出来なかったし。
歯磨きもしないで寝落ちした時、矯正してるし虫歯になったら大変と無理やり歯磨きしようとしたら、感覚過敏の長男は歯磨き粉の味で吐き気がするとキレてそこから半日以上私との関係が悪化し、見事に逆効果だった。
次男も、本人から「学校◯時間目だけ行くわ」と言い出せば登校も下校後も無難に収まりやすいけど、登校させたい下心をもって私が声をかけるとさすがHSCというべきか瞬時に見抜かれた挙句、むしろ本人の気分や不安の波がひどくなって、それどころじゃなくなった。
下校の迎えの時に何だか次男の機嫌が悪そうな時も、こっちから聞くと余計イライラして心を閉ざしてしまいがちなのが、本人が学校で何があったか話し出すのを待っていると、スムーズに吐き出し・発散に繋げられた。
総じて、
親が先回りして子どもの手を引いたり、軌道修正させようと手や口を出す時期は、もう終わった。
これからは、多少失敗や後悔をしてでも、本人が考えて決めて工夫してやっていく時期だ。
そのことに、少しずつ少しずつ、気付いた。
子供の前を歩くのでも横を歩くのでもなく、少し離れて子どもの後ろを見守る。
そして、もし子どもたちが失敗や困難で倒れそうになったら(某先生の言葉を借りれば、屍を拾いに)そのときに駆けつける。
親も、そんなスタンスで関わる時期に、いつの間にかなってたんだな…
少し寂しいけど、そこまで子どもたちが成長していたということか。
こうやって書いてみると当たり前なのに、子どもとの日常では、考えたことも気付こうともしたこともまるでなかった。
事実、親の私たちが介入しなくても、自発的に子どもたちが動いた時、親の知らなかった力を本人たちがちゃんと発揮できたことは、何度もあった。
それを目にして、私もようやく子どもの持つ力や成長を実感し、本人に任せようと思う事ができるようになった。
それもこれも、親子の間で起きた数えきれない失敗やたまたま上手くいったことの積み重ねのおかげだろう。
当初何冊も読んだ不登校の本ではピンとこなかったけど、実体験からやっと掴んだ実感と納得だ。
失敗は成功のもと。
人生に無駄はない。
育児は育自。
まさにこれに尽きると、実感した1年だった。
とは言え、頭で分かるのと湧き上がる感情は、また別物で。
あぁ、今、声かけたい!
口出ししたい!
でもやっちまったらアカンのや、ここはぐっと我慢や!
そんな葛藤の繰り返しで、未だについ、要らない言動しちゃって撃沈することも、ままあります
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まだまだ母としても人間としても半人前で修行中ですが、専門家から・このブログから、多角的な意見や声を拾わせてもらいながら、これからもぼちぼち頑張ります。
長文読んでいただき、ありがとうございました。
皆様にとって、幸多い年になりますように![]()
今年もどうぞよろしくお願いします![]()
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