東京駅発7時32分のはやぶさ5号に乗車し、盛岡到着は9時44分でした。
新幹線の改札出口で修さんが出迎えてくれました。修さんは僕が山歩きを始めた頃からお世話になりっぱなしの先輩です。久しぶりの帰郷で、今日の予定は具体的には何も決めていなかったのですが、修さんの車で岩洞湖から姫神山方面の周遊をする事になりました。岩洞湖のある薮川方面はかねてから興味のある地域で、僕にとっては嬉しい事でした。
北山トンネルを抜けてしばらくすると樹林帯の向こうに外山ダムが見えてきました。風景は緑一色でしたが、盛岡近辺の6月下旬にしては緑の色が濃く、真夏の緑のように感じられました。
車はさらに先へ進んでいき、岩洞湖に到着し、、「岩洞湖レストハウス」前に駐車し、レストハウスの中に入り、ソフトクリームをいただきました。ソフトクリームはボリュームがあって美味しかったです。

この付近は薮川という地域で、北上山地の中にありますが、北海道内陸並みの-35度を記録したこともあったそうで、それが本州の最低気温になっているようです。
「薮川そば」というのも昔から有名です。

その後、岩洞湖レストハウスの裏手へ回り、岩洞湖側へ歩いて下ってみました。
オダマキ、エンレイソウ、コウリンタンポポ、ホウベニエニシダなどが目に付きました。




岩洞湖から見えた姫神山

寒さゆえなのか、岩洞湖周辺には白樺林があり、ここのところしばらく出かけていないロシアを思い出しました。

岩洞湖のレストハウスから岩洞湖の北側へまわり、岩洞湖家族旅行村キャンプ場付近を通り、姫神山の一本杉登山口駐車場に車を止めました。
一本杉登山口を少し登ると、岩手山がよく見える絶景ポイントがあり、そこのベンチに腰掛けて岩洞湖レストハウスで買ってきた岩洞湖ドーナツをいただきながら岩手山の景色に見とれました。

同郷の石川啄木が残した「一握の砂」の中に次の短歌がありますが、そのような気分になりました。
『ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな』

この付近は草原になっていて、少し散策すると様々な野草が目に付きました。特にウツボグサが印象的で、蝶やバッタ類も多かった印象です。


ムラサキツメクサに来ていたモンキチョウ

ウツボグサに来ていたウラギンヒョウモン



膝痛が無ければ、そのまま姫神山へ登りたかったのですが、登る事は諦めて
渋民村の啄木記念館へ向かう事にしました。
父も渋民村出身でしたので、生きていれば渋民は恋しかったと思われます。
『かにかくに渋民村は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川 』
しかし、啄木記念館に着いてみると、敷地内では重機が動いており、工事中だったようで、啄木記念館は残念ながら閉館中でした。
啄木記念館の代わりに岩手山の焼走り溶岩流へ行ってみる事になりました。
焼走り溶岩流の駐車場に車を止め、焼け走りの中を歩いてみました。
1732年の噴火の際に流出した溶岩が国指定特別天然記念物「焼走り溶岩流」となっています。
その全長は約2.8km、最大幅は1kmとの事でした。噴火からもう300年近い歳月が流れていますが、
歩いてみたところ、溶岩流の上には草木はまだ見当たらず、地衣類がわずかに確認出来ました。
荒涼とした焼走り溶岩流の先には緑に被われた岩手山の姿がありました。
上の方は何故緑豊かなのかと思い、登り口の案内板を読んでみたら、噴火地点の標高は1200m付近(岩手山の標高は2038m)のようでした。

焼け走りからの帰路、子供時代によく遊んだ高松の池に寄ってみました。
池の中を8羽のヒナを連れたカルガモが浮かんでいました。

