春になり、公園内でも彼方此方でウツギの花が咲いています。

そんなウツギの花を見ていると、多数の黒いハチが飛来し、蜜を吸っていました。

ウツギの花が咲く間だけ出てくるウツギヒメハナバチというハチでした。

以前は「ウツギノヒメハナバチ」という和名でも親しまれていました。

名前の通り、ウツギの花が咲く時期に合わせて現れ、その花粉や蜜を専門的に利用する性質(単食性・狭食性)を持っています。

メスは体長 12〜13mmで全体的に黒っぽく、腹部に光沢があります。

オスは体長 10〜11mmで頭部に黄白色(または黄緑色)の斑点があるのが特徴です。

5月中旬頃から羽化し、6月中旬頃まで、ウツギの開花に合わせて活動します。

ミツバチのような社会生活は送らず、メスが単独で子育て(花粉の貯蔵と産卵)を行います。

基本的に人間を攻撃したり刺したりすることはない、無害なハチとして知られています。

 

 

 

 

下の画像をクリックすると動画が立ち上がります。

 

ウツギヒメハナバチの成虫としての活動期間はウツギが開花する5月中旬から6月中旬までの中の約三週間で、その間に産卵し、子孫を残し、成虫としての活動期間を終える事になります。

6月に産卵された卵はすぐに孵り、幼虫時代は親が集めて残してくれた花粉を食べて大きくなり、幼虫は7月中旬ごろには蛹になります。

そして蛹のまま翌年の5月中旬まで10ヶ月間は土の中にいることになります。

 

 

そんなウツギヒメハナバチに出会った数日前に、オカモトトゲエダシャクの幼虫にも出会っていました。

この画像に写っているのは、鳥の糞に擬態した幼虫で、オカモトトゲエダシャクなどの蛾の幼虫に見られる姿です。オカモトトゲエダシャクの幼虫は、体を複雑に曲げて静止し、よりリアルに鳥の糞に擬態するようです。

白と黒の不規則な模様が、鳥の糞に含まれる尿酸の白さと消化しきれなかった部分の色合いを忠実に再現しています。

オカモトトゲエダシャクの幼虫は、公園によく植えられているサクラ、エノキ、クヌギ、コナラ などの葉を食べて育ちます。じっとしていると本当に鳥の糞にしか見えませんが、歩くときは「シャクトリムシ」らしく体を山なりにして進みます。5月中に十分成長すると、地面に降りて土の中で蛹になります。そのまま長い眠りにつき、次に成虫として姿を現すのは、翌年の早春(2月〜3月頃)です。この個体は今、来春に羽ばたくためのエネルギーを蓄えている最中のようです。

この幼虫は例年4月から5月にかけて現れます。5月上旬〜中旬は、幼虫が終齢(最後のかわむきをした状態)になり、体長が35〜40mmほどに達する時期です。画像で見られるような白黒の模様がはっきりし、質感にツヤが出てくるのは大きく成長した証拠です。5月後半になると、十分に太った幼虫は木を下りて土の中へ潜り、蛹になります。この幼虫は年に一度しか発生せず、成虫は翌年の春まで姿を見せません。一生のほとんどを土の中で過ごすため、今の時期に外で活動している姿を見られるのは、一年のうちのわずか1ヶ月ほどです。

 

下の写真は早春に地下の蛹から出てきて間もないオカモトトゲエダシャクの成虫です。

ウツギノヒメハナバチはハチ目ヒメハナバチ科であり、オカモトトゲエダシャクはチョウ目シャクガ科ですので、互いに何の関わりも無いのですが、成虫としての活動期がどちらも約一ヶ月間であり、残りのほとんどの期間は蛹の状態で地下で眠っている事になります。

 

そんな事を思いながら、毎朝の散策コースにある神社の中へ入ると、下の写真のような石塔がありました。

 

この石塔には『帰五蘊皆空』の文字が刻まれていました。

読み方は「ごうんかいくうにきす」が一般的です。

 

「五蘊皆空(ごうんかいくう)」は、『般若心経』に登場する最も重要な教えの一つです。

人間を構成する5つの要素(五蘊)には不変の実体がなく、すべて「空(くう)」であると見極めることで、あらゆる苦しみから解放されると説いています。

 

五蘊(ごうん)とは「私」という存在を成り立たせる5つの構成要素を指します。

・色(しき): 肉体や物質(目に見えるもの)

・受(じゅ): 感じる心(感覚、感受性)

・想(そう): 思い浮かべるイメージ(表象)

・行(ぎょう): 意志や衝動、心の働き

・識(しき): 認識する意識(判断力)

 

「空」とは、何もないという意味(無)ではありません。

すべてのものは固定された実体を持たず、常に変化し続けているという「真実の姿」を指します。

自分の体も心も、同じ形のまま留まることはなく、一瞬一瞬生まれ続けては消えています。

 

この石塔の『帰五蘊皆空』とは、「(故人は)あらゆる執着から離れ、すべてが空であるという悟りの境地、あるいは大いなる宇宙の真理へと還っていった」という、亡くなった方への供養の願いが込められているようです。

 

ウツギノヒメハナバチも、オカモトトゲエダシャクも、その一生の中で成虫として活動するのは一ヶ月足らずであり、残りの大部分の時間は地中で蛹になっています。成虫としての短い限られた期間に子孫を残し(産卵)、子孫が生き抜くための環境を用意し(餌や食草への配慮)、一生を終えます。

そこには『五蘊』などが入り込む隙間は無さそうで、大部分の時間は地中の小石のように動かぬ蛹であり、それは『空』のようでもあり、『五蘊皆空』を体現しているような存在にも思えました。

 

日々の自然観察は、ある意味で科学的なアプローチを要求されるものですが、何だか少し外れた話しになって申し訳ありません。