そりゃあもちろん大喜びしますよ!
だって、良い事できてるんですもの♪
「偽善だって立派な善だ、しないよりはした方がずっといい!」

と思っていたら、ボランティアを題材にこんな事をおっしゃる方と出会いました。
貧しいアフリカを支援すればアフリカ人はそれを頼って自分では働かなくなる
アフリカ人が自らの力で国を繁栄させたいならば支援を打ち切るべき(善)
でもそれをすると短期的には餓死者が出るので支援をし続ける(偽善)
とおっしゃった方が居る、「おいおいチョットマテ!!何か抜けてねぇか!?ってか論点ずれてないか??」と思わず突っ込んだ。
アフリカ人が自らの力で国を繁栄させたいならば(というか自分たちの力で繁栄させないと意味が無い)、最終的に支援を打ち切ってでも自立出来るように導く(善)
(そして支援しないわけではない)
じゃなかろうか?
でもって
でもそれをすると短期的には餓死者が出るので支援をし続ける(偽善)
当事者達やその国の繁栄とかを考えず、己の都合で行う支援。(偽善)
(あるいみ自慰行為と同じ)
ただね、ここで何もしないのは善でも悪でも無く、ただの無関心となんだと思うんだ。
まずは形からでもいいからそこに触れて、その本質に触れて理解していくことが大事なんじゃ無いでしょうか?
まずはやってみないと、やってるうちにわかる事だってあるんですから。
もちろん仕事や、スポーツなども同じなんですよね。
まずはやってみる!
ここまで言っておいてこういうのもどうかと思われるかもしれませんが、
「皆様、どうせやるなら「善行」ではなく、「然行」をやりましょう。」
善行はありがた迷惑になる事もありますが、「然るべき行い」というものは迷惑になる事はありませんからね。