先日高卒後 都会にでたAと逢った。
A 「 高卒の日まで谷と山に挟まれた自分の家から離れたい。都会へ行って働きたいと ずっと思ってい
た。 細い川の両脇に這いつくばる様な家々、貧乏くさくて 鬱とうしくて 息がつまりそうだった。
雨や雪が降ると 終点の停留所にでるまででも難儀だった。」
事実. 高校の頃Aの家に数度行ったことがあった。
山に挟まれ 陽が落ち 彼の家をでる頃には あっちの山肌にぽつり こっちの谷間にぽつりと灯がともり
妙に淋しいものを感じた記憶があった。
A 「だが60歳近くになって あれ程 嫌で嫌で仕方なかった田舎に帰りたくて仕方なくなって来た。
妙に母親のことが気になってもくる。齢を重ねるということは本当に不思議なものだ。」 と望郷の想いを熱
く語った。
私はアーケードの内で育った。街の中に家があっていいな!。とよく羨やましがられた。
実際 昔日のアーケードは活気に満ち利便性に富んでいた。
玩具屋・ケーキ屋・本屋・病院・銀行等 雨雪が降っても傘なくで行くことが出来ていた。
そんな環境のなか我ままー辺倒でやっていた。
だが中学校入学と共に腎臓を病み奈落へと・・・。腹痛に腹水に胸水にステロイド等 死の渕の手前まで
いって 何とか生還。
自身の伸展性や発展性等 可能性も殺がれまくられた為 ネフローゼという言葉は自身にも他人にも
完全封印していた年月が 10年以上はあると思う。
だか 方向は異えども 齢を重ねるということは 実に不思議なものである。
再発は絶対嫌だが あれだけ嫌で仕方なかったネフローゼでの病床・休学・ステロイドでチャウチャウ犬
になっていた自分の姿が妙に懐かしくさえ心に映えてくる時があるのだ。
あの頃の自分、あの頃の志しや夢は 一体何処へ行ったのだろうか?!。