入院日数が長いばかりで好転の兆しが見えない時 や再発が頻繁なころ
笑い・楽しみを求めることをしなくなった時期があったように思う。
笑い・楽しみがあっても 所詮それらは一時のもの それらから心醒めると ネフローゼという
病が えんえんと横たわっている。
一瞬の笑いと比べ えんえんと続くネフローゼ
一時の笑いから醒めた後に感じる慢性的な侘しさ・淋しさ等 その落差が嫌だったのかもしれなかった。
ネフローゼという病に対して 心負けるな 挫けるなと 積極的な文面をつづると 今 主治医から
再発を告げられた人にとっては 傷口に塩をぬりたぐったことになるだろう。
自身にも経験があるだけに 感情的にも傷つく。
逆に この病に対して 消極的な文面をつづると 今はネフローゼから脱して 健常者と同じくらい
社会的自立している人に対し 水を差すことになる。
同じ文面でも 読み手の今の病状によって 捉え方が異なってくるのは当然と感ずる。
今日は送別会である。 私の属している部署から離れていく人たちは どこかほっとしていた。
逆に 私の属している部署に内定している人たちは 「大変なんでしょ?!」と今日も
様子を聞かれた。
就労後のアルコールは 正直 あまり嬉しくない。
腎臓への負担を思うとキャンセルが賢明である。 されどそれもできない。
胃の調子が悪いとか 花粉症がひどくなったとか 様々な演出が今宵の飲み会にも必要である。
とりあえず 出かけよう。