季節は 半夏生が近い。

魚屋で 蛸を買い 茹でて食べた。 美味だった。

蛸の足を 薄く 形を整えて切るのは難しい。


懇意にしていた鮨屋の主人が「蛸を切るための蛸包丁というものがある。」 さらに

「家で柔かく茹でようと思ったら ぬめりを取ってから 大根で叩いて茹でればいい。」と教えてくれた記憶がある。

カウンターに座ると「皆 回るすし屋に行く。うちに来ても から揚げはないのか ケーキはないのか?と

真顔で聞かれることがある。おかげで 暇だ。 ネタが痛んできて 捨てるより  久し振りに来た客に

こうやって出すほうが 気分は楽だ。」

そういって やたらネタを大きくしてのせてきた。

ネタとシャリは バランスだと感じるが 力いっぱい頬張っていた記憶がある。


このすし屋の主人

高校の時マラソンの選手であった。

「よく走っていたもんだ。 養子に行って ギャンブルと酒のため家を追い出されたときも タッ タッ タッ

と走って出て行ったものだった。」 鮨を握る傍ら まな板の端においてある冷酒を口にする度

よく言っていた。

昔の嫁さんがよかったのか 養子先で嫌味を言い続けられていたのか 聞かされた記憶はない。

次の嫁さんとの関係が 前より良かったのか 悪かったのかも知らない。聞きもしなかった。

だが 次の嫁さんとの間にできた子ども 薬剤師になったことだけは 文句なしに自慢のようであった。

この主人も 対岸にいってしまった。

鮨屋は 跡継ぎのないままとなっている。

嫁さんの方が今更のように言っていた。

「頑張って薬剤師になってくれたより やっぱり 店の跡継ぎが欲しい。」