興味を持つきっかけ、
いろんな場合があるでしょうねー。
とっかかりがどうであっても、
その世界を、覗いてみたくなるように思っているのを、興味を持つこと、でしょうねー。
眺めるだけ、感じてみたい、考えてみる、より多くの情報を集める、実際に行動してみる、いきなり飛びつく。
いろんな意味で、いろんなことをするでしょう。
とっかかりをつけるために、反復して五感を刺激したり、メディアが提灯を持ったり、思いがけない出会いを演出したりされたり、いろんなことを行われています。
イメージして(されて)もらうために、いろんなことを行われています。
もちろん、良いこと、よろこび、がありそう。
良いこと、よろこび、がちょっと増えそう。
悪いこと、悲しみ、がありそう。
悪いこと、悲しみ、がちょっと増えそう。
などとして、イメージして(されて)もらうためです。
余計な感覚を持って欲しくない、持たせないために、別の世界に興味を持ってもらう。っていう手法もあります。
脳で、感じる、考える、覚える、などの能力は個人差があるので、共通化した(された)もんをイメージして(されて)もらうために、簡略化する、簡略化されてしまう、ようになります。
誰でもわかりやすい、パターン化、テンプレート化、するのが常套手段になります。
これは!と思うもんは、
すでに恣意的化されている場合があって、のちの筋立て、筋書きもできあがってるんじゃないでしょうか?
まんまと策略にはまっている。ということです。
人間は、理解できないこと、はありがたがったりするんじゃなく、排除する、のが常套手段です。
わからない→危険、損、かもしれない→排除
拒否反応が一般的です。
成功体験していると違います。
わからない→危険、損、かもしれない→危険、損、のないように距離を取ろう→様子をみよう
いきなり飛びつくわけじゃなくても、いきなり排除するでもありません。
様子をみて、危険、損、安全、得、などなどのポイント付けみたいな感覚のことをして(されて)いる。
信用度、信頼度とは、とても危ういもんで、「こうであるからこうでもある」っていう意味合いの勝手な期待をして(されて)しまう。
期待に対して、意にそぐわない時、全否定、人格否定する(されてしまう)のが、今どきですよねー。
勝手な期待している(されている)だけなんですけどねー。
勝手な期待をして、失敗、損、したとも思う(思われる)んですよねー。
思い(思われる)ことは、簡略化して(されて)いる結果、パターン化、テンプレート化している結果、からじゃないでしょうか?
簡略化しない(されない)で、(金銭的ばかりじゃない)コストをかけたら、意にそぐわない時に対しても、理解度、信用度、信頼度、などなどは各々増減するだけではないでしょうか?
以前のブログでも書いた、
「モノサシはひとつじゃない」
受験科目でさえ、
英語だけ、数字だけ、
じゃないでしょう。