かつては珍しくなかった作業ですが現在(令和7年)では茨の道です。もし変換を考えている方がこの記事にたどり着いたのであれば、いつかやろうではなく即座に行動して下さい。しかしすでに手遅れの可能性があります。実作業の様子のみ読みたい方は(2)ヘ。

■DTRSとは?
DTRS(Digital Tape Recording System)とは、民生用ビデオ規格であるHi-8ビデオテープに8トラックのPCM音声データを記録する規格で、デジタル録音機としてはDATの上位規格のような存在ではあるものの音楽鑑賞がメインの民生用には普及せず、音楽制作や放送用・劇場用の映像制作の現場で使われました。代表機種は1993年に発売されたTASCAMの初代機DA-88で、ポストプロダクション業では最終機のDA-98HRが2010年頃まで使われていたように思います。

DA-88


似た規格としては8mmビデオテープにデジタル音声のみを記録するSONYのDigital Audio Video規格があり、民生機としてはこちらのほうが使われましたがDTRSと互換性はありません。SONY自身もPCM-800というDTRSデッキを発売していましたがDA-88のOEM製品でありSONY製ではありません。

PCM-800


同じ用途の機材ですとS-VHSテープに8トラックPCMを記録するALESISのADATが先行しFOSTEXからも互換機が出ていました。廉価なデジタルMTR(といっても70万円ほどしました)として音楽制作用に普及したものの、VHSテープは大きく嵩張るので本数を保管するには向かずポストプロダクション業界では使われませんでした。番組制作の現場では1990年頃からアナログMTRからDAWの利用に推移していきましたが当時はHDDの容量がまだ少なく、素材や保管用のPCM音声データはHDDよりも安価でCD-Rより容量が大きく入手が簡単なテープメディアに書き出すほうが一般的でした(他にもFairlight MFXで使われたExabyteがあります)。

民生ビデオ用のHi-8用メタルテープ。初期のDTRSデッキは富士フィルムとTDK製のHi-8テープと相性が悪かったそうだがDA-78HRでは使用できた。DTRS専用ではないテープでもフォーマットして使用できたので入手性やランニングコストに優れた。


そんなわけで2000年前後のテレビドラマ、映画、アニメ番組などのDB-MIXやパラミックス(STEM)がこのDTRSすなわちDA-88とその後継機によって記録され保存されているのです。

さて時が移ろいネット配信時代になるとそういった過去作品を改めて配信したいという需要が出てきました。テレビドラマでは10年以上前からトレンディドラマ黄金期のドラマを専門chで配信するべくこのような動きがあり私も依頼を受けていました。制作当時のテレビでは問題なく放送できた番組も現在のネットでそのまま配信するには著作権や演出、出演者事情などで不都合が出る場合が結構あります。すると問題部分だけをカットしたり、BGMをネット配信に対応した別の曲に差し替えたり、さらには外国語の吹き替え版を作るためにセリフとそれ以外の音が分離した素材が欲しいという要望が出てきます。まさにそのような用途に備えてマルチトラック音声データを保存したのがDTRSテープだったのですが・・・。

DTRSはTASCAM1社だけしか製造しておらず、そのTASCAM社がデッキの製造と保守から手を引いてしまったため、番組の制作会社やディレクターの手元に残っている過去の番組データは役割を果たせずに消滅する危機に瀕してしまいました。

■現代に残るDTRSデッキの状況とTCS
ハードウェアとしてのデッキの状況は後述するとして、2025年5月現在、TEAC(TASCAM)社はDTRSデッキの修理を受け付けてくれません。保守部品も売ってくれません。個人の感想ですがTASCAMは元々デジタル機器の保守に冷たい所があり(販売終了後のオーディオインターフェースのデバイスドライバ保守を早々に打ち切ったり)、アナログ機器の修理は対応できる限りやる、と公言しているのに対してDTRSは高価で業務利用者が多かったのに対応止めちゃったのか、と、やや憤りすら感じます。とは言え一般的な電化製品に比べてDTRSの保守対応期間が短かったわけではけしてありません。

もし過去作品のデータ化を目指して本記事を見ている方であれば、あと5〜6年その判断が早ければまだなんとかなった、というのが正直な所です。今から振り返るとDTRSで保存した作品データの賞味期限は事実上記録から7〜8年で、15年とか20年とか先まで残せるものではありませんでした。ではどうするか?

TEACの関連会社ティアックカスタマーソリューションズ(TCS)がデータ化を引き受けてくれます。

カビ生えた、ヨレヨレテープを救え! 音声アーカイブの“駆け込み寺”ティアックカスタマーソリューションズに潜入 (AVwatch)
https://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/2036495.html

お値段は1本7,700円〜17,600円(テープ長による)となっています。パソコンのデータコピーと違ってDTRSテープの取り込みには実時間がかかりますし、作業編(2)を読んで戴くとわかりますが途中で止まることもあります。変換後の確認まで考えると高価ではありますが妥当な金額ではないかと思います。手元に稼働するDTRSデッキを持っていないならばここへ相談するのが現在ほぼ唯一の手段ではないでしょうか。メーカー関連会社なので機材が保守されているのが強みです。他方、ポストプロダクション会社ではないのでデータ化の融通にどこまで対応してくれるかは疑問です。ノイズ処理とかProToolsの編集作業とかはやってくれないでしょう。本数が少なければそれでも安価に済ませられるでしょうから、変換を考えているテープが今手元にあるなら即相談してみることを強くお奨めします。

追記:
本記事執筆時点(2026年3月時点)でDTRSテープの変換ができるとWebに告知がある会社のリスト
※TCS以外の会社は実働状態にあるかどうか未確認です。
※変換を外注しているとはっきりわかる会社は除きました。
・ティアックカスタマーソリューションズ(TCS)
https://tcs.teac.co.jp/dubbing/
・ダビングデジタイズセンター東京(株式会社メディアリース
https://tokyoddc.jp/sounddigitize/ongen/#05
アークベル株式会社
https://www.arkbell.co.jp/media/digitize/
EXA International
https://www.exa-int.co.jp/lab/media-lab.html
TOHOアーカイブ株式会社
https://www.toho-arc.com/service/film-scanning

過去に生産されたDTRSデッキはDA-88(PCM-800)/DA-38/DA-98の初期型4機種とDA-78HR/DA-98HR/DS-D98の後期型3機種があります。24bitのDTRS-HRモード録音に対応するのは後期型のみ、96kHz以上のサンプルレートに対応するのはDA-98HRとそのDSD対応拡張機DS-D98のみですが、当時の番組で96kHz以上で録音されたテープはまずありません。

DA-98HR


これらのデッキの2025年現在の状況は利用頻度が少なかったりメーカーの保守対応期間に保守や修理を受けた個体にはまだ動作するものがあり使っている方もいるようです。DTRSデッキの回転ヘッドの寿命は1200時間程度と言われており放送局やポストプロダクション企業での利用が多かったDA-98とDA-98HRは割と過酷に使われていた個体が多いです(ドラム稼働時間は本体機能で表示確認できます)。DA-88は利用頻度が低い機種と高い機種が混在しており当たり外れが大きいです。DA-38/DA-78HRは廉価版で個人スタジオ利用のものが多く、なかには積算稼働時間が短い個体も存在します。

しかしどの機種にも消耗部品と傾向故障があり、ヘッドドラムの積算利用時間が少なくても経年でほとんどの個体に劣化や障害が見られます。デッキメカ部、特にテイクアップ側のガイドアームやバックテンションアーム、アイドラーギア(リールテーブルのクラッチ)部分のグリス硬化でテープのローディング不良や走行不良となっているものが多く、これらはビデオデッキやDATの修理経験がある方なら簡単に直せるのですが、最も多いトラブルはテイクアップ側とサプライ側のリールテーブルギアにヒビが入っていてテープ走行時や停止時にギアが変形して回転がふらつき走行異常が検出されてPB CONDITIONが点灯し録音再生が不可能になる、テープの走行トルクが規定値の上限下限を越えてテープパスから外れテープに傷を入れたり巻き込む、といった故障です。ヒビが成長すると高速巻き戻しや早送りから停止する時にギャーとギアが滑る音が聞こえますが、そうなるともう駄目です。


ヒビが入ったリールテーブルギア(白い部品)。元より金属板で補強されているもののこのトラブルは多い。



修理にはリールテーブルの交換が必要なれど、この部品をTASCAMから取り寄せられないので、部品自体を複製しない限り修理不能となります(SONYの8mmビデオデッキのリールテーブルとは互換性がありません)。またデッキの調整には専用のトルクテープやオシロスコープも必要で、PB CONDITIONならヘッド掃除をしたらすぐ直るだろう、と簡単に考えているとまず直りません。DTRSデッキはVHSビデオデッキとは違い走行の正確性を担保するためのセンサー類が多くトルクにシビアですし、トルクの調整はヘッドの寿命にも関係します。


器材レンタル業者の中にはDTRS機がまだ貸し出しリストに載っている所があります。以前は現場同録用やバンド録音用にレンタル需要があったのでしょう。しかしHi-8テープ自体の入手が難しい現在、借りて使っている人がいるとは思えません。使わないとグリス硬化でローディング不良になるので、レンタル依頼をかけても出荷前に動作確認をしようとしたらテープを巻き込んだのでレンタル不可になりました、と言われてしまう可能性があります(藪蛇ですね)。以上が2025〜2026年現在の状況です。

つづく

(がんくま)

【関連記事】
DTRS(DA-88)の過去作品データをProToolsのセッションデータに変換する(2)