Soundcraft の Spirit Absolute2 というモニタースピーカーを入手しました。同社ホームページにはマニュアルもまだあって、映像編集や放送局用途に向くと書いてありますが、現場では一度も見たことがありません。おそらく90年代半ばの製品なので、製造からは20年近く。ウーハーのエッジは見たところゴムなのでまだいけるかなと思ったのですが・・・。

前ユーザーから送られてきた時の梱包がよろしくなく、ツイーターのソフトドームが凹んで戻ってこない。
凹んだソフトドーム

掃除機で吸ってもダメ。指で凹んだ箇所の周囲を触っているうちにじわっと戻りましたが、この時、ドームの裏に粘着質のものがあるな、と気付きました。感触からして加水分解したスポンジであろうことが推測されました。

とりあえず鳴らしてみます。このサイズにしてはかなりしっかりと低音が出るスピーカーです。でも逆に言えばブーミーか?仕事の音源を鳴らしてみると明らかに高音が出ていないことが判明。キラキラした超高音域が出ていないわけではないが、高域全体がだらっと出てない印象。これではモニタースピーカーとしてはとても使えません。なにやらプラスティッキーな音が聞こえる変なピークもあります。

ネットで調べてみると、ツイーターもウーハーも在庫がまだあるようです。

Tweeter AUDAX TW025M1 [LINK]
Woofer AUDAX AM170STO [LINK]

ただし、海外在庫なのでけっこうな額の送料がかかってしまいます。それでも、いざぶっ壊しても買えば解決できるというのは心強いものです。

さっそくツイーターを取り外します。六角レンチでネジ4本を外しますがこのネジが意外に長い。ツイーターは強力な磁石なので、ネジが外れた瞬間に吸い寄せられてソフトドームを潰してしまうことがあります。外し終わるまで手でしっかりキープ。ネジは外す前に一度締める方向へ回し、締め付けトルク感を覚えておきます。このスピーカーは六角も皿ネジもあと一息分の余裕を残した締めになっていました。

ネットワークからのコードも外す前にどの線がどっちにつながっていたか記録します。
間違えると逆相になって悲しい事になる。
ツイーター取り外し

前回修理したCerwin-Vegaはユニットが木ネジで直にボックスに止めてありましたが、このスピーカーは金属のネジ山が埋められていて、ユニットの交換に耐える設計になっています。
ツイーター取り付け部

取り外したツイーターを眺めるとソフトドームの表面もなんだがベタベタしている様子。
1本目のツイーター

ネジ4本を外し、垂直に持ち上げるとマグネット部分が分離します。
マグネット部の分離

フロントパネルとボイスコイル部分も簡単に分離できます。
ボイスコイル部の分離

ここから先、ソフトドーム&ボイスコイル部分をいじくりますが、精密部品なので置き場所に注意せねばなりません。ボイスコイルのリード線が切れたり、ソフトドームの布地が破れたり、コイルのリムが凹んだりするとせっかくの努力が無駄になってしまいます。

■原因推測と磁性流体
音は出ているのでボイスコイルの断線は無いです。コイルのリムの内側の茶色い部分なんだろう?と指で触ってみたら古くなったエンジンオイルのような色の液体が付着。マグネット側のギャップも紙をつっこんでみると同じ液体が。
茶色い液体

外したソフトドームの下側をよく見ると液体が滲み出したような形跡があります。
コーティング剤が流れた跡?

なので最初は経年変化でソフトドームのコーティング材(以下ダンパー材と書いているのも同義)が溶けて流れ出し、ギャップの中に溜まってしまったのかな?と思いました。が、後から色々と調べてみるとこの茶色い液体は「磁性流体(フェローフルイド)」というものです。磁性流体をギャップに満たし、ボイスコイルを浸すメリットは、

1.ボイスコイルの磁性流体による冷却効果(耐入力性アップ)
2.磁性流体の制動効果による二次・三次歪の低減
3.磁性流体の自己配分機能(self-distributing)により、自動でセンター出しされる(歩留まりの向上)

といったものがあるそうです。修理開始時点では磁性流体の事を知らなかったので、これらのメリットは後ほど痛感させられることとなります(磁性流体の注入作業についてのみ知りたい方は別の記事を参考にして下さい)。そんなわけで、この時点では高域が出ない原因を、溶けてギャップの中に溜まったコーティング材のせいでボイスコイルの動きが阻害されているのか、ソフトドーム表面のコーティングが無いので思うように振動が空気に伝わらないのか、あるいはどっちもか?と推測しました。

なお、マグネットの上にあったスポンジは予想通り加水分解でボロボロのねちゃねちゃなので問答無用で取り去ってしまいます。
劣化したスポンジ

修理の方針としては以下の通り。

1.劣化したドームのコーティング(ダンパー材)を取り除く。
2.代わりのコーティングを施す。
3.ギャップ内のダンパー材を取り除く。
4.スポンジを交換する。
5.組み立てる。

■修理1日目
さっそくDIYショップへ走る。買ってきたものは、

・ブレークリーン(CRC)
ブレークリーン

・パワーエース(アルテコ)
接着剤ハイエース

・綿棒
・墨汁

この他に薬局で除光液を購入。成分はアセトンと水。
・KATE ネイルカラーリムーバー

ダンパー材として(そして劣化して溶けだすことで)有名なビスコロイドの代用は液体絆創膏でもいけるらしいですが、とりあえずパワーエースを試します。パワーエースは水性のボンドで、コニシの木工用ボンドと同じようなものですが、他所のスピーカー修理のホームページによると、パワーエースのほうが乾いた後もしなやかだそうです。

まずコイルのリムについたダンパー材を綿棒に除光液を付けて慎重にぬぐいます。次にドームのコーティングを剥がしにかかります。刷毛で除光液を塗りたくってから、布に除光液を含ませたものでぬぐいます。少しは溶けているようですが、思ったほど取れません。ビスコロイドではないのかもしれない。

表面のゴミが取れた所で白い紙をバックに透かして見ると元のコーティング材がまだらになっているのがわかります。コーティングされているのはドームの表面だけで、裏側には塗られていない感じです。
透かし

完全には取りきれないが、最初よりは生地がしんなりしてきて全体に馴染んだ感じになったので作業を止めて乾燥させます。

続いてパワーエースと墨汁を混ぜて塗りかえ用のコーティング液を作ります。
コーティング液作成

墨汁を混ぜたのは見栄えの問題ですが、塗り残し箇所が分かりやすいというメリットもありました。これを指でドームの表面に塗ります。そして液が一か所に溜まらないように向きを変えながら乾かします。ドームの縁のくぼんだ所(ボイスコイルのリムの上)に液が溜まるので、小さく折ったキッチンペーパーで溜まりすぎた液を吸い取りながら乾かしました。

半乾きになったところで電灯に透かすと、ぽつぽつと穴があるのでもう一回塗りました。つまり、2度塗りしたことになります。乾くとテカテカと黒光りしておりレインコートの薄いやつみたいな感じです。
1回目のコーティング

マグネット側のギャップの掃除は、ギャップにブレークリーンを吹いてしばらく待ちます。折った紙をギャップに突き刺してかき回し、最後にマグネットをひっくり返してキッチンペーパーでブレークリーンを吸います。これを4、5回繰り返すとギャップの中のダンパー材が溶けてきました(本当はダンパー材ではなく磁性流体なので、別記事もご参照下さい)。ブレークリーンが透明になり、ギャップから底の金属光沢が見えるようになるまで繰り返し。
ギャップの清掃

スポンジの代用にはフェルトを貼ってみました。元のスポンジはドームに合わせて中央部が盛り上がっていたので、写真ではわかりにくいですが中央部はフェルト重ねて段丘状にしてみました。フェルトの接着にはG17かセメダインXを使ったほうが良いかな?と思ったものの、ハイエースの説明に、片側が多孔質材なら金属にも付く、と書いてあったのでハイエースで止めてみました。
フェルトの段丘

以上の作業が終わった所で組み立てます。まずマグネットにボイスコイルを取り付けて、それからフロントパネルを載せ、ネジ止め。

黒光りするソフトドーム。なんかのスピーカーでこういうドーム見たことあるなあ、などと思いながらアンプにつないで鳴らします。
一回目の施工後ツイーター

おお、劇的に高域が出る。
相対的に低音のブーミーな感じはなくなった(でも出てるけど)。
プラスティッキーな変なピークもなくなった。

でも・・・、

高域全体が 1.5~2dB 程度デカい気がします。
澄んだ高い音(チャイムとか、ピアノの透明感にあたる部分)が弱くなったような。
声はぐいぐい前に出てくるのだけれど。ティッシュ1枚ツイーターの前にかけたい心境。

やや不満な点を残しつつ、この日の作業は終了。翌日、不満解消篇へ続く。

(がんくま)