4年前の今日のブログです。
今も変わらず私が伝えたいことです。


3月11日に伝えたいこと。


本気で自分の生き方を考えてみませんか?

死を身近に感じたことがない多くの人は

どんなに想像しても

日常が当たり前に過ごせると

思ってしまうかもしれない。

ある意味幸せであり、

ある意味不幸でもあり。


夫は26歳で大病を患い、奇跡的に

28年間も死と隣り合わせで生きている。

一度は臨死体験をして運良くまた

この世に戻って来た。

そんな夫と共に暮らし、命は大切と

わかっていながら、私も5年前には

不安や絶望感から逃れたい一心で

本気で死を考えた。

でも死ねなくて、逃げずに生きる覚悟を

したら死ぬのは怖くなくなった。


いつでも死ねるのだから命がある限り

心から自分のやりたいことをやって

そして人のお役にもたちたいと

自分に誓った。


一年前、前の日まで元気だった

娘が突然死した。

短い人生でしあわせだったのだろうか。

亡くなる前の1週間の足取りは

お財布の中のレシートや舞台のチケットから

想像して、ほんの少しだけ私たちは救われた。


本当のしあわせってなんだろう。


お金がいっぱいあること?

人からすごいと言われること?

子どもが親の期待通りに育つこと?

学歴や名誉、地位?


人によって何をしあわせと感じるかは

それぞれだけど私はこう思います。


生きていることは奇跡なんだと

意識しながらいかに自分を生きるか。

本当の自分を知って

本当にやりたいことをやって。

本当にやりたくないことには

時間を使わないこと。

会いたい人にあって

会いたくない人に時間を使わない。


時間=いのち


誰かと比べたり

人からどう見られているか?ばかりに

捉われてるとやっぱりしあわせではないよね。


みんな、しあわせになろうね。

しあわせは自分でつくるもの。

この命がもしかしたら

今日でおしまいだとしたら

今やることはなんだろう。


楽しいことしたいよね。

好きなことしたいよね。


私は娘とあと一回でもいいから

一緒に過ごしたい。

抱きしめたい。

温もりを感じたい。

おしゃべりしたい。

笑いあいたい。

不可能だとわかっていても。


自分の時間を大切にね。

大好きな家族や人も大切にね。

 

人目を気にしたり

失敗が恥ずかしかったり

やりたいことをしないのは

結局のところ

自分にも時間にも余裕があると

思ってるよね。

やりたいことを先送りしても

諦めてもまだ大丈夫って。


思うのは勝手だし

あとで後悔するのも自由。

でも命は有限だということを

3月11日の今日、ぜひ真剣に

考えてもらいたいな。


命の時間の使い方は自分次第。

この世の着ぐるみ(肉体)があるうちに

自由に使えるうちに

やりたいこといっぱいしようよ。


今日、3月11日は私たちの結婚記念日です。

28周年を迎えることができました。

生かされているこの命に感謝して

また気持ちを新たに生きて生きます。


今この瞬間に命が途絶えても

後悔のないように。


1991年 生まれて間もない娘を抱く夫。
叶うならもう一度、娘に会って抱きしめたい。