どんなに勉強したつもりになっても1時間後には忘れてしまうワタシですが、
それを押して、どうにか知識を得ようとするのは、
なんかちがうなーと。
結構前から気付いてたような気になってたけど、
まだまだその癖は抜けていないようです。
そんなことを改めて考えるきっかけになったのは、
昨日、とても素敵な集いに参加したことから。
1日かけて、
アーサナをして、
おいしいごはんをたべて、
哲学のお勉強をしました。
そこで気付いたのは、
今、私の身近にあると感じている全ての喜びは、
維持するためではなく、
手放すためにあるのかもしれない。
そうすることでより豊かに成長してゆく可能性のある、
発芽前の種なのだということ。
それを、自然の摂理に逆らって、
種のまま維持しようとすると、
発芽するタイミングを失ってしまう。
自分に本当に必要なことって、
何回も、何回も、
目の前にチラチラ現れてきていて、
それに気付くと、内側へ深くしみこむ智慧となる。
本当に必要なことって、結局のとこ自分が一番知っていて求めていること
(無意識かもしれないけど)だから、
その内にある力が外界に表れているということに気付くために、
ヨーガの練習があるんじゃないかなと思う。
ひとつづついらなくなったものを捨てて、
自分の中を整理してゆく作業。
それが学ぶということだと、
改めて気づかせていただいた節分の一日でした。
素敵なご縁に感謝![]()
Hari Om
FUKUKO