私の備忘録として、抜毛症の歴史を振り返っていますメモ

 

 

抜毛症が発症したのは、小学6年生の頃。

 

 

当時、髪の毛を抜いてしまう人がいるということを知り、

自宅でピアノの練習中に興味本位で髪の毛を抜いたことが悪夢の始まりとなりましたゲッソリ魂

 

 

抜毛症のきっかけは前の記事で詳しく書いています。

 

 

小学校の卒業式、中学校の入学式は、まだそこまでハゲていなかったので、

髪の分け目を真ん中できっちりと分けて、ツインテールや三つ編みをしていた記憶があります。

 

 

中学1年生の頃は、男女ともに仲良くしていて、楽しい中学生ライフを送っていました。

 

 

しかし、私の抜毛症は治りません。

髪を抜くのが癖になってしまっており、家に帰るとごみ箱いっぱいになるくらい髪を抜いていました。

 

 

中1の中盤から、髪が薄くなり、分け目の地肌の面積が太くなってきました。

 

 

そして、中学2年生が、私にとって一番つらい時期でした。(中学時代の中で)

 

 

プールの授業があり、髪の毛が濡れると、ハゲが目立つのです・・・驚き

プールのあとの授業では、後ろに座っている人にハゲがばれているのでは・・・

とヒヤヒヤしていました。

 

 

そして一番つらかったのが、理科の実験の授業での出来事です。

 

 

4人テーブルで男女向かい合って座っていたのですが、

私の前に座っていた男子が、私の頭を覗き込み、隣の男子にコソコソ何か言うのです。

そして、私の頭を見ながらケラケラ笑うのです。

 

 

もぉぉぉぉ、この時つらすぎて、その場から消え去りたかったのを覚えています。

恥ずかしさ、悲しさ、怒り、いろんな感情がこみ上げました悲しい

 

 

その出来事があってから、私は学校に行くのがとても嫌になりました。

毎朝ブルーな気持ちでした。

 

 

しかし、母に「学校に行きたくない」と言っても聞いてくれず、

何度も言うと機嫌が悪くなってしまいましたので、休むことはできませんでした・・・ショック

 

 

母は、『休んでしまうと負け』という考えだったのでしょう。

当時母はこんなことを言っていました。

 

 

一度休んでしまうとそのままズルズルと休んでしまう。

出席日数は受験にも関わってくる。

一部の男子のせいであなた(私)が不利になってしまうのは勿体ない。

 

 

それもたしかにわかります。でも、、、

 

 

なぜ、毎日辛い思いをしてまで頑張る必要があったのでしょうか。

なぜ、辛くて心が弱っているときに、自分に厳しくしなければいけなかったのでしょうか。

なぜ、学校に行きたくないと言ったときに怒られなければならなかったのでしょうか。

なぜ、病んでいる私が母の機嫌を伺わなければならなかったのでしょうか。

なぜ、「辛いね、でもあなたは頑張ってるよ」と優しい言葉をかけてくれなかったのでしょうか。

なぜ、負けてはいけなかったのでしょうか。

 

 

今記事を書いていて泣きそうです。

ほんとうにつらかった。

※母とは良好な関係を築いてますのでご心配なくニコニコ

 

 

ありがたいことに、友達が離れていくことはありませんでした。

いじめられることもありませんでした。多分明るく振舞っていたからです。

 

 

陰では「あの子ハゲてるよね」なんて言われていたかもしれませんが、

ほんの一部の男子を除くとみんな普通に接してくれていました。

 

 

思春期ですので、男女ともにカースト制度のようなものがありましたが、

みんな優しくしてくれていましたね、そういや。

 

 

落ち着いて考えると楽しいこともあったのですけど、やはり辛さの方が大きいです。

 

 

母が、学校の先生に、私の抜毛症のことをこっそり相談していたのも、

私としてはとても嫌でしたね・・赤ちゃん泣き

 

 

ある日から急に先生が私を気にかけるようになったので、何かを勘付きました。

母に、「私が抜毛症であることを先生に話した?」と聞くと、その通りだと・・・。

 

 

抜毛症であることが恥ずかしかったので、

それを先生に言われていたのがほんとに恥ずかしかったのです。

 

 

母から相談を受けた先生が、私に気を遣ってくれているのがわかったのですが、

特別扱いされている感じがとてつもなく嫌だったのです。

 

 

もうそっとしておいてくれ。学校を休ませてくれないのなら。

 

 

辛すぎる状況ではありましたが、中学3年生は受験勉強を頑張りました鉛筆

 

 

中学時代の成績は中の下くらいのレベルで、決して賢いとは言えない状態でした。

なのに、進学校に憧れ、「○○高校(進学校)に行きたい目がハート炎」と言っていました。

 

 

しかし、当然ながら、学校の先生には却下され、泣く泣く諦めることになりました。

 

 

その時、

ちゃんと勉強しておかないと、将来の選択肢が狭まる

と痛感しました。

 

 

それをきっかけに、高校では勉強を頑張りたいと誓いました炎

 

 

そして、自分の学力で受験できる高校で、勉強に力を入れている学校を探し、猛勉強しました炎

 

 

努力は実り、無事合格お祝い

 

 

あの時私は頑張って本当に良かった。

高校ライフは、人生で最も影響のある濃い3年間となります。

 

 

中学時代は抜毛症の歴史では一番つらかったので、2000文字を超えました(笑)

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます花

 

 

高校時代の抜毛症はまた次の記事で書きますにっこり