私の備忘録として、抜毛症の歴史を振り返っていますメモ

 

 

この記事では、高校時代の振り返りを書きます。

 

 

抜毛症のきっかけは↓の記事で詳しく書いています。

 

抜毛症で一番つらかった中学時代のことについては↓の記事で書いています。

 

 

 

辛すぎた中学時代ですが、

中3では自分の意志で受験勉強を頑張ったおかげで、

高校生活はとても充実した時間になりましたピンク薔薇

 

 

中3の時、第1志望だった進学校は成績的に諦めた方がいいと先生に言われ、

モチベーションがなくなっていましたが、

どこかしら受験せねばならなかったので、とりあえず某高校の説明会に行きました。

 

 

その高校が、私が最終的に通うことになる高校なのですが、

当初はまったく志望していなかったので、めんどくさ真顔と思いながら説明会に行きました。

 

 

しかし、そこで私はキラキラ恩師キラキラに出会ったのです。

 

 

その高校はいくつかのコースがあり、恩師は、勉強を頑張るコースの主任でした。

 

 

私はもともと、勉強を頑張るコースではなく、文武両道を目指すコースを考えていたのですが、恩師の説明を聞き、

「ここに行く炎ここで勉強を頑張る炎」と決めました。

 

 

とにかく朝から夜まで勉強漬けのコースでしたので、親や先生には心配されましたが、

私が意見を曲げなかったため、そのコースに進学することになりました。

 

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前置きが長くなりましたが、ここからが高校生活での話です。

 

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高校3年間は、とにかく勉強漬けの3年間でした。

でも、自分が決めたこと。

辛い記憶はほとんどなく、達成感しかありません歩く

 

 

とはいえ、抜毛症が治ることはありませんでした。

 

 

みんないい人だったので、抜毛症でからかわれることはありませんでしたが、

かなりハゲが進んでおりましたえーんもう地毛では隠せません。

 

 

「ウィッグをつけたい。」

 

 

母にそう言ったのですが、反対されてつけることができませんでした。

一度ウィッグをつけてしまうと、それに甘えて抜毛をやめられないと母は思ったのです。

 

 

しかし、私の抜毛は止まらない。ハゲる一方。

 

 

ウィッグは許可してくれませんでしたが、ミリオンヘアを許可してくれました。

頭のふりかけです笑い泣き

 
 

 

ミリオンヘアは私にとって救世主でした赤ちゃんぴえん愛

 

 

しかし、ミリオンヘアだけでは、カバーが難しい状態になりました。

 

 

さすがに母も見苦しかったのでしょう、

フルウィッグの許可は下りませんでしたが、人毛の部分ウィッグを購入してくれました。

 

 

そこからは『部分ウィッグ×ミリオンヘア』の日々です。

 

 

ただ、部分ウィッグなので、ハゲを完全に隠すことはできず、そこはミリオンヘアでカバーするのですが、毎朝のヘアセットが大変でした・・・悲しい

 

 

ヘアスタイルを楽しむことはできません。

ハゲを隠すのに必死です滝汗

 

 

高校3年間、勉強を一生懸命頑張ったので、悔いはありませんが、

JKらしくヘアメイクを楽しみたかったな~とたまに思いますちょっと不満

 

 

3年間勉強を頑張ったことが、高校時代の抜毛症の苦い記憶を消してくれています。

なにも頑張っていなかったらどうなっていたのでしょうか・・・。

 

 

高校3年間頑張ったおかげで、

中学時代は成績が中の下だった私が、それなりに知名度のある大学に進むことができました赤薔薇

数学の模試で偏差値70になったことも過去の栄光です。(恩師のおかげ)

 

 

勉強を頑張ると誓った自分、奇跡的に出会えた恩師、私の勉強生活をサポートしてくれた両親(ほぼ母)に感謝ですクローバー

 

 

次の記事では大学生活のことを書きます。

フルウィッグデビューの大学時代、世界が180度変わります地球