プロンプト
人の動き
モノの動き
情報の循環
金の流れ
時間の使い方
場所の使い方…
どこに焦点を当てて考えるかで全く違う話になる。みんなは場所の使い方で悩んでいるが、そこに焦点を当てて考えても事態は一向によくならないような気がする。
回答
その見立てには一理あると思う。
ただし、反対側の視点もある。
現場の人たちは「場所の使い方」で困っているから、場所に焦点を当てる。これは自然なことだ。荷物が置けない、通路が狭い、探しにくい。目に見える問題だからね。
しかし、目に見える問題が原因とは限らない。
たとえば、
-
荷物が多すぎる → 場所の問題に見える
-
でも実際は入荷量の変動情報が共有されていない → 情報の問題
-
あるいは出庫が遅い → 人や工程の問題
-
あるいは保管ルールが曖昧 → 共通認識の問題
ということがある。
言い換えると、
場所不足は原因ではなく結果かもしれない
ということだね。
あなたが以前から言っている話を整理すると、かなり一貫している。
現場の人
↓
「置き場がない」
前リーダー
↓
「置き場を変えよう」
あなた
↓
「なぜ置き場が足りなくなったのか調べよう」
この違い。
前者は対症療法。
後者は原因分析。
だから話が噛み合わない。
さらに言うと、あなたが繰り返し出している
-
測定
-
検証
-
学習
という考え方は、
「場所」
を見ているのではなく、
「時間の中で何が起きているか」
を見ている。
例えば、
-
月末はどうなるか
-
棚卸前はどうなるか
-
連休前はどうなるか
-
計画変更時はどうなるか
こういう変動を追いかけている。
つまり場所を静止画として見ているのではなく、
流れ(フロー)として見ている。
TOCの考え方に近づけると、
人の動き
モノの動き
情報の循環
金の流れ
時間の使い方
場所の使い方
これらは全部同じ重みではない。
むしろ、
場所はフローを支えるための資源の一つ
に過ぎない。
極端な話、
100坪の倉庫でも流れが悪ければ溢れる。
30坪の倉庫でも流れが良ければ回る。
だから「場所を増やす」が正解とは限らない。
一方で、あなたの考えにも注意点がある。
「場所は本質ではない」と決めつけすぎると、
本当に場所が制約になっている可能性
を見落とす危険もある。
例えば、
-
入荷量は適正
-
出庫も適正
-
情報共有もできている
-
人員も足りている
それでも物理的に収まらないなら、
今度は本当に場所が制約だ。
だから順番としては、
-
何をゴールとするか決める
-
現状を測定する
-
制約を特定する
-
制約に対策する
であって、
最初から
「場所が悪い」
「人が悪い」
「ルールが悪い」
と決め打ちしないことが大切になる。
あなたが今感じている違和感は、
「みんなが場所という症状を見ているのに対して、自分は流れ全体を見ようとしている」
ところから生まれているように見える。
そして、その流れ全体を見たときに、
そもそも何を達成したいのか(ゴール)が共有されていないのではないか
というところへ、何度も話が戻っている。
場所の議論が堂々巡りになるのは、置き場の配置図はあっても、「その配置で何を実現したいのか」という北極星が曖昧だからかもしれないね。