また久しく日が開きたりけるかし…。
あな、最近は然様なることは珍しくま失せけれど。


何やかにやとどうでも良きようかしことに日々費やして有るうちに、
世はすっかり春の様相呈してきけるかし。
ちらほらと桜の便りも聞かるるごとくなりき。


何処より手折りきけるや、先ほど惟盛殿がおのが身の烏帽子に
桜やら梅やらの枝挿して嬉しさもありしたりけるかし。
まさかとは思へどあれを被ひたりするならむや。


きっと女房らの気引かむにいろいろ画策したるならむ。
人の趣味に口出だすは良くなかるが為、
我は何も見ざりしことにすや。


陽の光が柔らかくなりて、
渡殿にのんびり座るがいと気持ち良し。


はらはらと空より舞ひ降りて来るは桜の花びらや、
其れとも名残りの風花や。


陽に照らされ輝きつつ舞ふ姿は、まさに天女の使ひ。

地の上の我のどころまで降りて来てくるるならむや。


然様なること思ひつつ見上げたりせば、
気紛れなる春の微風向きを変へ、刹那にしてすべて空の彼方へと連れ去にたりき。


ふ…。


未だ我の元へ天女授けてくれぬ恋の神に、少々文句を呟きつつ、
心地よひ微睡みに身預けるとせむ。

世の中には我の想像もつかなひやうな趣味趣向を持ちたる人ども有るものなり。


如何なる物好みていかなる事に喜び見出ださむに、
其れはつゆ人其れぞれの自由なるに思へど。


たまに我の心ばへ勘ぐりけれどる人に出で会ふにいささかうんざりすかし。


色恋の噂まとひぞぬままの身なるに、
なほ変なりと思はれがちなるならむや。


先つごろとある女房が
「敦盛様は女人にてはなき方が御好みなるぞては?」
などと訝しにたるらしきと聞きき。


女人にてはなき方?


其れはつまり、其方の方面の趣向といふ事や。


なげかし。


別に自慢するわけにてはなかれど、
我の風貌のせいにて然り思はれたるならむ。


腐っても然様なる趣向には走るつもりはなかれど、
一門の中にはまさしくさういりし面々も有らぬわけにてはなかるかしが為。


腐りたき奴は勝手に腐って有れば良し。


言ひ訳すぞもうるさかれば、
もう好ましきごとく想像膨らますれば良しと
最近はどうでも良くなりたりき。


数ヶ月ぶりに書きし手記なれど、
かくのごときぼやきになひたりけるかし…。


また長らくここにて手記綴るを怠りしまりき。
いろいろと世の営みに追はれたりけるとはいへ、
げに己の怠慢ぞには呆れたるかし。


何時のままにや世中は師走となり、
只にてさへ忙しなき我の周りもなほ慌たたしき様相呈したり。


こぞのとしの瀬は掃除を手伝はむにしけれど、
女房らに邪魔にせられたりしし。
ことしは我も幾らやは大人びし事ゆえに、
何かしら片付けのひとつくらひはやらせて貰はるるならむ。


さう思ひ渡殿をうらうらと歩みたりせば、
女房の一人より声かかれれき。


「あな、敦盛様、いささか良きところへ。
此のねこま見たまひはべらざりたるや?
先ほどより掃除の邪魔ばかりして仕方ありはべらざるぞ」
「其れは構ぞなかれど、何や手伝ひ要らば我も」
と我答ふるままもなく女房は猫を渡して走り去にゆきき。


仕方なし。
猫の見張りすぞも手伝ひのうちになるならむ。


其れにしても確やこぞも同じごとく
我は此の時期、猫の相手せざりたりけるや。


結局、一とし経ちて歳のみは重ねても、
何も進歩せざりたるといふ事なるなりかし。


何ともうたてきことよ。
なあ、ねこま。

暫く手記を綴らず有るうちに、
神無月になひたりけるかし。


かくのごとき我の手記を楽しみにせられたる向きなるぞも
おられなかるならむずれど、
それにても朝ごと夕ごといささかずつ見舞ひてくれたる形跡もあり。
もし、我身案じてくれたりけるぞば申し訳なし。


少々、身辺忙せぬ日々続きてかし。
中々時間取れぬままで有りき。


先月の残暑嘘のごとく去に、最近はめっきり秋めきてきき。

あれほど暑いたはしくたたいへど、せちの巡りはしかときたる。
誠に妙なるものなり。


秋は実りのせちなり。
美味なる作物ちぢ出で回るかし。


此のところ、かの変わりし南瓜も見るごとくなりき。
ああ、顔の形に刳り貫かれたる例の奴なり。


何度見ても、あれは珍妙なる姿なるかし。


さう言へば、先ほど惟盛殿が
あの南瓜の小さめなるを頭に括り付けたりけるを見き。


「何たまひはべりたるなりや?」と尋ぬるに、
「此は異国の最新の御洒落なるなりかし。
敦盛は知らざるや有り?ふふん」
と、笑ひてらっしゃる。


いりたき何処より然様なる情報得たのや。
つゆ、よく分からぬ御人なり、惟盛殿は。


彼の妙なる格好にて、会ふ女房ごと驚かしては喜びたり。

突拍子もなきこと好ましきえうゆえに、
ああひった面妖なる南瓜も気に入りて御られるのならむ。


屋敷の彼方此方より「あれ」「まぁ」「あな、惟盛様ったら」
といった声聞こえたるやふなり。


誰や「惟盛様のあれは神無月の末まで続くらし」と言ひたりけれど、
あと半月近くも彼の姿にてうろうろせらるや。

させどに少々げんなりすかし。


けれど然様なる周りの空気なるぞつゆお構ひなしに、
本人は至って上機嫌なるやうゆえに、あな、致し方なきとすや。

本日は仲秋の名月なりや。


さりとて今宵、我の有る場所よりは月見えず。
随分と分厚き雲に覆はれたりしやうなり。
残念なれど致し方なかるかし。


雲の上にては屹度、見事に丸き月が煌々と、
其の麗しき姿を光り輝かされたることならむ。


我々地上に有る者らは天候の采配によりて、
月との逢瀬も左右せられたり。


さほど普段の行ひ悪しかりけるにも思はれざるぞ然し、
こればかりは天に御座す御方にお尋ねしてみぬことにはな。


ともあれ、せっかくぞ月見にととりあへし甘味や茶を
かひなくしたるぞも味気なし。


今宵は目を閉ぢ、

心の奥深くに浮かぶ麗しき月に思ひ馳せるとせむ。


空想の月などと笑ふことなかれ。


誰ぞの心のうちに住む月も、
本物に負けずとも劣らぬ輝き放ちたるぞゆえに。