若者の嫁は、働き者だ。
さらに、美人だ。
とくに脚なんか、
すらりとして、鹿のようだ。
実際、鹿だ。
山で、
猟師の罠にかかっていた鹿を、
たすけたら、
嫁になってくれたのだ。
「腹の中に子がいるんだから、
畑で獲れる人参でも、
食ったら、どうだ?
精をつけなきゃなんねぇだろ?」
鹿の嫁は、
大きな目で、ほほえむ。
「私は、山で、食べますから。
団栗(どんぐり)の方が、
よっぽど精がつくのよ」
「生(なま)で、だろ?
歯が、いいんだな」
「人間って、大変だねぇ。
田植えしたり、耕(たがや)したり、
しなきゃなんねぇものね。
私らなんか、拾うだけだよ?」
「拾うだけか・・・
オラなんか、貧しくって、
嫁なんて、
貰える身分でも、ねぇかった。
おめぇでなかったら、
オラは、女子(おなご)も知れねかった」
「年貢のせいでしょ?
お上は、
盗人(ぬすっと)は、捕まえるのに、
どうして、
自分は、盗(と)るの?」
「そういう決まりなんだよ」
鹿の嫁は、わからないと、
何かを振り払うかのように、
頭を振る。
よく、する仕草(しぐさ)だが、
それが、かわいい。
その鹿の嫁が、
いつものように、山で、
木の実や、木の芽を、
食べていると、
ばったり、猟師と出くわした。
猟師は、
鉄砲を構えていた。
「・・・・おめぇさんか?
あぶねぇ。
鹿に見えたんだ。
撃つところだったよ」
「団栗(どんぐり)を拾っていました」
山の中だからか、
猟師が、嫌な目つきになる。
腰に下げていた、
仕留(しと)めた兎を見せる。
「肉、欲しくねぇか?」
「くれるんですか?」
「おめぇさん、次第だよ」
「私は、食べません」
「食ってみろよ?
うめぇぞ」
そのとたん、猟師は、
嫁に飛び掛かった。
もっとも、
鹿の嫁の方が、素早い。
駆けだした。
「女の足で、
逃げれるわけねぇだろ!」
ところが、
猟師の目の前を、
突然、
鹿が跳ねた。
右に、左に、跳ねる。
猟師も、
咄嗟(とっさ)の習(なら)いで、
鉄砲を構えた。
山に、
鉄砲の音が響き渡った。
ところが、
そのあと、赤子の泣き声がする。
猟師が、近寄ると、
血を流して倒れている鹿の腹で、
産み落とされたばかりの、
人間の赤子が、
悲痛に産声(うぶごえ)をあげている。
猟師は、空恐ろしくなった。
鹿も、赤子も、そのままにして、
山を駆け下りてしまった。
一方、若者は、
嫁の帰りが遅いので、
山に探しに来た。
山の中で、
赤子の泣き声がする。
泣き声をたよりに、
探し当ててみると、
そこには、
血を流して倒れている鹿と、
腹に抱かれるようにして泣く、
赤子があった。
若者は、
山で、鹿の姿に戻っていた嫁が、
猟師に撃たれたのだと、
思った。
最後の力を振り絞って、
腹の子を産んだのだろう。
「すまねぇ。
オラは、おめぇに甘え過ぎた。
畑のもんを食わしときゃ、
こんなことにはならねかった。
貧しいからって、
つい、山で、食わしとった。
年貢さえ取られなきゃ、
こんなことには、ならねかったんだ。
子らのためにも、
國を変えなきゃなんねぇ。
お上を、変えなきゃなんねぇ。
もう、こんな世の中は、
むかし話に、しなきゃなんねぇよ」
若者は、そう言って、
鹿の嫁を、
手厚く、弔(とむら)った。
その日から、
若者は、村の辻(つじ)に立って、
年貢は、財源ではないこと、
お上は、
紙に、銭と書いて、配って、
みんなが、もっと、
交換しあえるようにしたらいいと、
訴え続けた。
年貢に苦しむ、
こんな世の中は、
むかし話にすると、
鹿の嫁の墓に誓ったからだ。
おしまい
選挙に行きましょう![]()
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