若者の嫁は、働き者だ。

 

 

さらに、美人だ。

 

 

とくに脚なんか、

すらりとして、鹿のようだ。

 

 

実際、鹿だ。

 

 

山で、

猟師の罠にかかっていた鹿を、

たすけたら、

嫁になってくれたのだ。

 

 

腹の中に子がいるんだから、

畑で獲れる人参でも、

食ったら、どうだ?

 

精をつけなきゃなんねぇだろ?

 

 

鹿の嫁は、

大きな目で、ほほえむ。

 

 

私は、山で、食べますから。

 

団栗(どんぐり)の方が、

よっぽど精がつくのよ

 

 

生(なま)で、だろ?

 

歯が、いいんだな

 

 

人間って、大変だねぇ。

 

田植えしたり、耕(たがや)したり、

しなきゃなんねぇものね。

 

私らなんか、拾うだけだよ?

 

 

拾うだけか・・・

 

オラなんか、貧しくって、

嫁なんて、

貰える身分でも、ねぇかった。

 

おめぇでなかったら、

オラは、女子(おなご)も知れねかった

 

 

年貢のせいでしょ?

 

お上は、

盗人(ぬすっと)は、捕まえるのに、

どうして、

自分は、盗(と)るの?

 

 

そういう決まりなんだよ

 

 

鹿の嫁は、わからないと、

何かを振り払うかのように、

頭を振る。

 

 

よく、する仕草(しぐさ)だが、

それが、かわいい。

 

 

その鹿の嫁が、

いつものように、山で、

木の実や、木の芽を、

食べていると、

ばったり、猟師と出くわした。

 

 

猟師は、

鉄砲を構えていた。

 

 

・・・・おめぇさんか?

 

あぶねぇ。

 

鹿に見えたんだ。

 

撃つところだったよ

 

 

団栗(どんぐり)を拾っていました

 

 

山の中だからか、

猟師が、嫌な目つきになる。

 

 

腰に下げていた、

仕留(しと)めた兎を見せる。

 

 

肉、欲しくねぇか?

 

 

くれるんですか?

 

 

おめぇさん、次第だよ

 

 

私は、食べません

 

 

食ってみろよ?

 

うめぇぞ

 

 

そのとたん、猟師は、

嫁に飛び掛かった。

 

 

もっとも、

鹿の嫁の方が、素早い。

 

 

駆けだした。

 

 

女の足で、

逃げれるわけねぇだろ!

 

 

ところが、

猟師の目の前を、

突然、

鹿が跳ねた。

 

 

右に、左に、跳ねる。

 

 

猟師も、

咄嗟(とっさ)の習(なら)いで、

鉄砲を構えた。

 

 

山に、

鉄砲の音が響き渡った。

 

 

ところが、

そのあと、赤子の泣き声がする。

 

 

猟師が、近寄ると、

血を流して倒れている鹿の腹で、

産み落とされたばかりの、

人間の赤子が、

悲痛に産声(うぶごえ)をあげている。

 

 

猟師は、空恐ろしくなった。

 

 

鹿も、赤子も、そのままにして、

山を駆け下りてしまった。

 

 

一方、若者は、

嫁の帰りが遅いので、

山に探しに来た。

 

 

山の中で、

赤子の泣き声がする。

 

 

泣き声をたよりに、

探し当ててみると、

そこには、

血を流して倒れている鹿と、

腹に抱かれるようにして泣く、

赤子があった。

 

 

若者は、

山で、鹿の姿に戻っていた嫁が、

猟師に撃たれたのだと、

思った。

 

 

最後の力を振り絞って、

腹の子を産んだのだろう。

 

 

すまねぇ。

 

オラは、おめぇに甘え過ぎた。

 

畑のもんを食わしときゃ、

こんなことにはならねかった。

 

貧しいからって、

つい、山で、食わしとった。

 

年貢さえ取られなきゃ、

こんなことには、ならねかったんだ。

 

子らのためにも、

國を変えなきゃなんねぇ。

 

お上を、変えなきゃなんねぇ。

 

もう、こんな世の中は、

むかし話に、しなきゃなんねぇよ

 

 

若者は、そう言って、

鹿の嫁を、

手厚く、弔(とむら)った。

 

 

その日から、

若者は、村の辻(つじ)に立って、

年貢は、財源ではないこと、

お上は、

紙に、銭と書いて、配って、

みんなが、もっと、

交換しあえるようにしたらいいと、

訴え続けた。

 

 

年貢に苦しむ、

こんな世の中は、

むかし話にすると、

鹿の嫁の墓に誓ったからだ。

 

 

 

おしまい

 

 

 

選挙に行きましょうウインクラブラブ