走っている電車の窓から、
教科書を捨ててしまったら、
もう、
ひろいに行けません。
私は90歳なので、
子供の頃は、
教科書とは大切なものだと
教えられて育ちました。
ですから、
教科書を捨てるって、
とても勇気がいるんですよ。
窓を開けられて、
風が流れ込んで来ると、
余計に、
尻込みします。
「教科書を捨てたら、
先生に叱られるでしょ?」
「だったら、
先生も、捨てちゃおう?」
「先生は、
捨てられないでしょ?」
「古いことしか、
教えないんだから、
いらないよ」
「お父さんや、お母さんにも、
叱られるよ」
夫が呆(あき)れます。
「おまえ、
何歳(いくつ)になったんだよ?
まだ、
お父さんや、お母さんが、
いるのか?」
人間って、不思議ですね。
90歳になっても、
お父さんや、お母さんは、
やっぱり、
お父さんや、お母さんです。
「でも、
あの世へ行ったら、いるでしょ?」
「あの世でも、
そんな古いことを、
勉強するのか?
もっと古くなるぞ?」
「これ以上、
古くならないわよ。
90歳なんだから」
「天国って、新しいんだよ。
古いものは、いらないんだ」
「新しいって?」
「未来だけがあるのが、天国なんだよ」
考えてみれば、
天国まで行って、
勉強なんか、
したくないですね。
「捨てちゃおうかしら?」
「もう、
さんざん、勉強して来たろ?
でも、
重くなっただけだろ?」
ずっしりと、
ランドセルが重いです。
ノートに書いて、覚えてきたのは、
苦労と、不安と、怖れです。
「学校って、
この世界のことだったのね?
私、
90年間も通っちゃった」
「そろそろ、卒業しろよ」
「うん。 そうする」
私は、
ランドセルから、
教科書をつかみ出します。
電車の窓から、投げ捨てます。
教科書は、
風に、
鳥の羽ばたくように、
バサバサっと翻(ひるがえ)りながら、
飛んで行きます。
ところが、
本当に、
鳥になってしまうんです。
私は、
びっくりして、
電車の窓から顔を出します。
鳥になった教科書を目で追います。
3冊投げたので、3羽です。
羽根を広げて、
やっと解放されたように、
自由に、
大空を舞っているんです。
ー つづく ー
鳥になるんなら、
やってみたいですね![]()
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