振り返って、見上げると、

顔面蒼白の男の人が、

覗き込んでいます。

 


 僕と彼女は、ギョッとして、

身体を縮めます。



後ろの座席の男の人が、

立ち上がっていました。

 

 

顔が白くて、四角い、

40歳くらいの、背の高い、

髪の毛の短い男の人です。

 

  

男の人は、笑いません。

 

 

彼女に聞きます。

 

 

バットに打たれた

ボールみたいだったんだ?

 

 

・・・・揺れていたら、突然、

強烈な横揺れで、ガン!って

 

 

私は、ね、

高層ビルの上層階にいたんだけどね、

まるで、

嵐の中の船の中にいるようだったよ

 

 

船?



机の下に、もぐって、

机の脚にしがみついたんだけど、

机ごと、床を滑り落ちた。


あっちへ滑り、こっちへ滑り、した。


荒れ狂う、嵐の、海の、

中としか思えなかったよ



僕には、

男の人の顔の、

血の気のない白さの方が、

気になって仕方ないです。

 

 

一酸化炭素中毒って、わかるかい?

 

 

火災があったんですか?

 

 

始め、下へ逃げたんだけど、

どこかで火災があったみたいで、

煙があがって来てね。

 

それで、みんなで、

屋上へ逃げようってことになって。

 

ヘリコプターで

救助してもらおうとしたんだよ。

 

ところが、階段って、煙突と同じなんだよ。

 

どこかで、

バルコニーとかに出ていたらよかったけど、みんな、階段で、倒れてね。

 

 

意識はあるんだけど、

身体が動かないんだ。

 

 

お互いに、倒れているのも、

死んでいくのも、

わかっていたんだ

 

 

彼女が、気の毒がっています。

 

 

死んじゃったんですか?

 

 

白い顔の男性は、細い目を、

もっと細めています。

 

 

・・・でも、死んでいたら、

バスには乗れないな。

 

どこで助かったんだろ?

 

 

彼女が、ちょっと笑います。

 

 

ヘリコプターじゃないですか?

 

 

だったら、そのまま、

病院まで運んでくれたら、

よかったんだ

 

 

じゃ、このバス、

病院に向かっているのかしら?

 

 

それにしては、

一緒に、階段で倒れた人たちが、

乗っていないんだよな

 

 

男の人が、白い顔のまま、

バスの中を見回しているんです。

 

 

 

ー つづく ー

 



黙祷🙏