知らない人が、僕を手招きしています。
辺りには、誰もいません。
大きなバスの傍(かたわ)らに立って、
早く来い!って
手招きしているんです。
僕は、ただ、散歩しているだけです。
呼ばれる覚えはありません。
無視して、行ってもよかったんですけど、
どうせ散歩しているだけだから、
行ってみました。
手招きしていた人は、
開いたバスのドアの前に立って、
「このバスは、あなたで、最後だ」
って言っています。
「僕、乗りませんよ」
「え? 乗らない?」
手招きしていた人は、
大袈裟(おおげさ)に驚いています。
僕は、かえって笑いました。
「乗りませんよ。
なんで乗らなきゃいけないんですか?」
「これに、乗らないと、
ずっと、ふらふら、
歩き回ることになるよ?」
「もう少し歩いたら、
家に戻りますよ」
「だったら、乗りなさいよ。
本当の家に届けてあげるから」
「本当の家?」
また、その人は、大袈裟に驚いています。
目まで剥いています。
「あなた、今までの家を、
本当の家だと思ってたの?」
「・・・・本当の家ですよ」
「ヘンだって、思ったことはなかった?」
「・・・・・ないです」
「それは、ダメだよ。
だったら、乗りなさい。
乗れば、わかるから」
バスを見上げると、
もう、みんな、乗っていて、
僕が乗るのを、待っています。
これ以上、待たせたら、
申し訳ないって気持ちになります。
それで、つい、
バスに乗ってしまいました。
淡い青色のニット帽を被った
女の子が、通路に立ちあがってくれました。
僕の座席を指してくれます。
僕は、窓際の席に座らせてもらいました。
そのとたんに、
バスは出発したんです。
ー つづく ー