僕らが求めていたものは

 

 

 

 

 

 

 

僕は、あわてて、彼女の頭を押さえます。

 

 

本気で噛むかもしれないからです。

 

 

彼女は、スーパーマーケットの

万引きGメンなんですけど、

僕がバナナを1本、盗んで、

股間に隠したって

言うんです。

 

 

それで、パンツを脱いで、

見せたんですけど、

それでもバナナだって言います。

 

 

そのうえ、食べて見せるって言うんです。

 

 

どこまで本気なのか?

 

 

それとも、頭がおかしいのか?

 

 

頭がおかしいと、

本当に噛まれます。

 

 

それで、僕の前で、

両膝をついて、くわえようとした、

彼女の頭を押さえたんです。

 

 

歯を使っちゃダメだよ?

 

 

どうして?

 

 

バナナなら、歯を使わなくても

食べれるでしょ?

 

 

唇だけで食べたらいいの?

 

 

それで食べれたら、僕も、

バナナって認めるよ

 

 

わかったわ

 

 

彼女は、唇だけで、食べようとします。

 

 

もちろん、食べれるわけがありません。

 

 

眉を寄せて、

食べれないことを不思議がっています。

 

 

僕は、と言えば、

幸運だったような気がしてきました。

 

 

さっきまでは、本気で、

腹を立ててました。

 

 

今は、蕩(とろ)けてしまいそうです。

 

 

そうしていると、

不思議な気づきが、訪れて来ました。

 

 

僕らって、欲があるじゃないですか?

 

 

食欲とか、睡眠欲とか、性欲とか・・・

 

 

欲って、生きるためのものだって

思っていたんです。

 

 

そう思いますよね?

 

 

でも、お腹が空いたら、

自分というものが、

激しく感じられます。

 

 

逆に、お腹を満たすと、

自分というものが薄れます。

 

 

眠くなって、

眠っても、自分が消えます。

 

 

性欲も、目指しているのは、

絶頂で、自分が消えることです。

 

 

だったら、欲って、

無くなりたいってことじゃないですか?

 

 

欲って、無くなりたい欲でしょ?



もちろん、生き残るために、

食べたり、眠ったり、子孫を残すって、

わかりますよ。



でも、欲としては、

もっと大きなものに

溶けたいんじゃないでしょうか?

 

 

僕らって、

無くなることを怖れていますけど、

欲は、

無くなることを

求めているんじゃないですか?

 

 

無くなりたいのに、

無くなることを怖れるなんて、

おかしいですよね?

 

 

彼女に、食べられながら、

そのことに気づきました。

 

 

だって、感じながら、

無くなろうとしていたからです。

 

 

生き残ろうとするのとは、

逆向きです。

 

 

それで、その気づきから、

自分から、無くなってみました。

 

 

自分を手放して、

無(む)になってみたんです。

 

 

思いっきり、

彼女の口の中に、

蕩(とろ)けてみました。

 

 

自分が無くなることが、

一番気持ちいいって、

不思議でした。

 

 

バレンタインデーの日に、

神様から、

チョコレートよりも、

もっといいものを

貰えたような気持ちがしたんです。 

 

 

the end

 

 

 

 

実は、そのあと、

彼女が、手のひらの中に出して、

「このバナナ、腐っていたみたい。

あなた、痛んでいたのを、

取ってくれただけだったのね?」って、

感謝するんです。

(これはフィクションですので、

実在する万引きGメンとは関係ありません)ウインクラブラブ