小説:8話 言葉を失う
将来の結婚相手に会えるって、
期待していました。
彼女を、バイクの後ろに乗せて、
楽しく走ることを想像していたんです。
それで、彼女のために、
ヘルメットだって持って来ました。
「現実は、想像どおりにはいかない」
今の僕の実感です。
まさか、彼女が下半身不随で、
変なことばかり言うとは、
思ってなかったからです。
「想像どおりにいかないのは、
怖れがあるからなのよ」
「どうして、現実が思考だと
思うんですか?」
彼女は、バイクのシートに荷物みたいに
結わかれて、
僕にしがみついています。
「私、ずっと、
どうしてこんな身体なのか?って
考えてきたの。
それで、気づいたの。
家から出たくないからだって。
怖れのためだって」
「自分で、
歩けなくしているってことですか?」
「この人間社会だって、
生き残るために築き上げたものでしょ?
結局は、怖れのためよ」
「それだって、現実ですよ。
思考じゃない」
「そう考えているから、
こうなっているのに?
私たちは、感覚を通してしか
物質を知れないのに、
その物質が、客観的な現実だなんて、
どうして言えるの?
あなたが、あなただと思っているのも、
そう、思っているってだけよ。
思っているって、思考でしょ?
それを現実だと考えて、
自分を閉じ込めているのよ」
僕は、バイクを走らせながら、
エンジン音と走行風のために、叫びます。
「現実は、思考なんかじゃないですよ!」
「もし、思考だと思えたら、どう?」
「思えません!」
「現実を超えられると思わない?」
「思いません!」
「だって、今って、
絶対にわからないでしょ?
今だってわかるためには、
0.000何秒か、
わかるための時間が必要だもの。
だから、わかったときには、
もう過去なのよ。
過去なら、記憶でしょ?
記憶なら、思考でしょ?」
「バイクで走っているときって、普通、
もっと楽しい会話をしますよ?」
「思考は、現実化するって
聞いたことない?」
「ないです!」
「思考が現実化するんじゃないのよ。
もともと現実が思考なの」
「何言っているか、わからないよ!」
「私、ずっと、髪をポニーテールにして、
バイクに乗るカッコイイ男の人と
結ばれることを想像してきたの。
みんなが、あの娘(こ)、脚が悪いのに、
あんなカッコイイ男の人に
愛されていいわねって
うらやましがるのよ」
それを聞いて、
言葉を失ってしまいました。
僕は、彼女が、未来が視えるって
思っていたんです。
でも、彼女の勝手な想像だったんです。
ー つづく ー
彼は、どうするんでしょ?![]()
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