最終話 ピカソの絵
大学1年生のとき、クラスの友だちから、恋愛相談をされました。
僕には、相手の女の子が、クラスで1番カワイク見えませんでしたが、友だちには、1番カワイク見えたんです。
ところが、彼は、彼女に、告白して、フラれると、行方不明になってしまったんです。
大学を卒業して、半年くらいが経った頃です。
道で、ばったり、彼女と会うんです。
彼女とは、1年生のクラスで一緒でしたが、2年生からの専門課程では、学部が違ったので、それ以来、会っていません。
あのとき、彼女は、彼をフッたんですけど、その理由は、話してくれませんでした。
今なら、話してくれるだろうか?って思ったんです。
それで、彼女を、Caféに誘ったんです。
ところが、彼女は、あの頃は、一言も喋らなかったのに、「今日、私、誕生日なんです」って、言うんです。
それで、僕は、Caféで、ケーキを注文しました。
お店の人に、彼女が誕生日であることを話して、キャンドルも、つけてもらいました。
内心、僕は、彼女の機嫌をとれば、話してくれるかも・・・という期待をしたんです。
僕らは、ケーキと紅茶で、ささやかな誕生日会を開きました。
「今、何してるの?」
「私、美術科を卒業したあと、好きな教授が、よその大学にいたんで、今は、その大学の大学院に通っているんです」
彼女が、美術を専攻しているとは、知りませんでした。
そんな目で見ると、確かに、彼女は個性的です。 芸術的なのかもしれません。
ピカソの絵って、よくわからないと、思うんですけど、あの頃の、僕の目には、彼女が、そんなふうに、見えていました。
「あいつ、行方不明になっちゃったんだよ。 知ってた?」
「うん。 あのとき、そう、教えてくれた。
まだ、見つからないの?」
「ほかの男と結婚するの、見たくないって言っていたから、日本には、いないかもしれない」
彼女が、うつむきます。
僕は、彼女が、答えないで、また上目遣(うわめづか)いで見るだけかもと、怖れながらも、そっと、聞きます。
「どうして、彼じゃダメだったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「世界で、1番カワイイって、言ってたんだよ?」
「目が悪いんじゃない?」
「視力2.0だって」
なぜか、僕らは、一緒に、笑っちゃったんです。
そのうえ、僕は、彼女を見るたび、吹き出しちゃうんです。
あのときだって、彼が、彼女を、カワイイって言うたび、本当は、笑いたかったんです。
それを我慢していたのが、今になって、吹き出してくるんです。
ところが、僕が吹き出すたび、彼女も、一緒になって、吹き出すんです。
ふたりで、ゲラゲラ笑っているんです。
そのうえ、僕らが、笑っているのが、同じ理由なんです。
それが、お互い、心を、触(さわ)りあっているみたいに、わかるんです。
彼女は、笑いすぎて、涙をぬぐったあと、溜め息を吐くんです。
「ふぅーーー、願いが、叶っちゃった」
「どんな願い?」
僕を見つめたまま、笑っているんです。
突然、僕は、ピカソの絵がわかったみたいに、彼の言っていたことが、わかるんです。
世界で、彼女が1番カワイイって、ことです。
わかっていなかったのは、僕の方だったんです。
それで、このあと、僕は、彼女に会いに行くようになるんです。
今では、彼女は、僕にとって、世界で1番カワイイ女(ひと)です。
正直、あいつ(彼)には、申し訳ないです。
彼の方が、芸術的なセンスがあったんです。
あの頃の僕には、ピカソの絵が、わからなかったように、彼女の魅力が、まったく、わかっていなかったんです。
おわり