26話 愛されている
純絵(すみえ)は、秀行(ひでゆき)と、心をひとつにするために、祖父に聞いてみたいことがあった。
「秀行さんって、山が神とか、川が神って、信じているの。
本当に、山って神なの?
川って神なの?」
「無であれば、愛じゃけん、神じゃろ。
山も、川も、自分のためには存在しちょらん。
ほかを生かすために存在しちょる。
愛そのものじゃ。
じゃあけん、山も、川も、神じゃ。
人間は、愛されちょるっちことなんじゃ」
純絵は、驚いたときの祖父そっくりに、大きく目を見開いた。
純絵が驚いたのは、秀行に、だ。
秀行は、日本を守る神々の手伝いがしたくて、警察官になったのだが、その生き方が、ほかを生かすため、そのものだった。
そんな秀行に、純絵も愛されてきたのだが、実は、愛されているとは、感じられなかった。
普通、愛されているって感じるのは、自分だけが、愛されているときだ。
純絵にとっては、秀行は、ただの、仕事熱心な男だった。
たとえ、治安を守ることが、結局は、純絵を守ることになったとしても、だ。
でも、秀行は、きっと、山の神や、川の神のように、あろうとしてきたのだろう。
ほかを生かすために存在しようとしてきたのだ。
そういう意味では、秀行は、素敵な男なのかもしれない。
それに較べて、純絵は、自分のために、山も、川も、利用してきただけだ。
下手をすると、秀行さえ、利用してきただけかもしれない。
「・・・・・ごめん。
・・・・私が間違えてた。
じいちゃんの言ったとおり、自分さえ良ければいいって思ってた」
「どうやら、わかったようじゃな。
無(む)であれば、在(あ)るんじゃ。
それが、おまえを幸せにすることにもなるんじゃ。
そげぇ言うたじゃろ?」
純絵は、子供の頃、裏の畑で、祖父から、そう話された。
そのときのことを思い出すと、思わず祖父に抱きついてしまった。
「ごめんね。
じいちゃん、そう、言ってたわ。
私、わかろうともしてこなかったの」
祖父も、幼い頃に撫(な)ぜたように、何度も、純絵の頭を撫ぜた。
「わかったら、愛で描いちみな
こん世界は、誤解で描かれただけなんじゃけん。
それも、言うたじゃろ?」
祖父の声は、やさしく、笑いを含(ふく)んでいる。
「うん。
それも、言ってた」
純絵も、悲しいみたいに、笑った。
ー つづく ー
