11話 私は、恋に関しても、方向音痴
私は、彼と出会って、運命の鐘の音を聞いた。
それなのに、状況は、この恋が実りそうな予感がしない。
それは、方向音痴の私が、進めば、進むほど、目的地から遠ざかるのに似ている。
もう、すっかり、警察官の彼は、私が、大金の入った財布を盗んだと疑っている。
「だって、あなたは、すでに、ランプの店から、そのランプを盗んでいるんですよ」
確かに、私は、無断で持ち去ったランプを握りしめている。
彼に、好きになってもらいたいから、かわいく、笑って、言ってみた。
「だから、くっついて、取れないって言ったじゃないですか」
ところが、彼は眉を顰(ひそ)めている。
「ふざけているんですか?」
だったらと、私は、ランプがくっついた手を、彼の目の前で、愛らしげに、振ってみせた。
「ほら、ほら、くっついているでしょ?」
ところが、目の前で、手を振ったのは、もっと、いけなかった。 彼は、さらに怒っている。
「くっつくわけがないですよ。 接着剤なんか塗ってないんですから」
きっと私は、恋に関しても、方向音痴だ。
「そんなに疑うんなら、取ってください」
そう言ってみると、私は、密(ひそ)かに期待してしまった。 取ろうとすれば、また私の手を握ってくれるからだ。
でも、そういう下心って、見透(みす)かされる。
「ふざけていないで、手を放してください」
ちょっと、期待しただけだ。 それで、詫(わ)びる気持ちを込めて、苦笑いしてみせた。
「本官をからかっているんですか?」
からかって見えただけらしい。
「ランプを手放しなさい」
彼が本気で怒っているから、私はうろたえてしまった。
でも、もっと、ちゃんと、調べてくれたら、ランプがくっついていると、わかるはずだ。
それで、左手で、彼の右手をつかんでしまった。
「もう一度、取ってみてください。 お願いします」
私から、彼の手を握ったから、彼も、驚いている。
私だって、まさか、自分から、男の人の手を握るとは思わなかった。
自分から握っておいて、胸がキュンキュンしている。
「・・・・・わかりましたよ。 もう一度、調べてみますよ」
「本当に、私は、握っていないんです」
そのくせ、いつまでも、彼の手を握ったままだ。
握られたままでは、彼も、調べられない。
「・・・・・手を、放してください」
今さらだけど、恥ずかしい。 私は、カァーっと身体が熱くなった。 きっと、顔も火照(ほて)っている。
あわてて、手を放して、引っ込めようとした。
ところが、引っ込められない。
彼の手の甲(こう)を握った、私の手が、彼の手に、くっついてしまっている。
私は、何度も、手を引っ込めようとしては、彼を揺(ゆ)さぶっている。
「だから、ふざけないでくださいって言っているでしょ?」
私は、焦れば、焦るほど、彼を、激しく揺さぶっている。
- つづく ー



